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古い時代の遺跡・工芸品・芸術作品の化学的同定は考古学における研究の重要な部分です。ラマン分光法を用いることで古代の遺跡等、そのものが発見された環境内で直接、非破壊により化学的な同定分析ができます。この情報は、使用した顔料、色素、塗料を特定するための基礎を形成する際に極めて役立ち、作品がいつ、どのように作成されたかを示し、対象の真偽の見極めにも活用できます。

 

ラマン分光法は、例えば、FTIRよりもより低い周波数の振動を測定することができ、500cm-1未満の波数領域は、顔料のような鉱物および無機材料のキャラクタリゼーションのための豊富な情報を提供します。さらにラマンスペクトルには、顔料の結晶多形についての情報も含まれいているため、その結晶形態の違いも決定できます。

 

ラマン分光計が小さくなるにつれて、考古学の研究におけるラマン分光法の有用性が増してきました。機器の可搬性により、サンプルを持ち運ぶ必要がなくなり、重要な考古学的現場を混乱させる必要がなく、現場での分析が可能になります。i-Ramanシリーズなどのポータブルラマン分光計には光ファイバープローブが実装されているため、手の届かない場所でも、さまざまな環境で簡単にサンプルが測定できるようになっています。装置の可搬性と光ファイバープローブは、サンプル処理を必要とせずに、異なる形状とサイズのサンプルの測定に使用できます。レーザー出力は1%刻みで調整でき、低出力(3mW)での分析を可能にします。レーザパワー制御によるこのような汎用性は、このシステムを暗色の顔料のようなラマン分析が困難なサンプルでの作業において理想的です。

近年の研究では、イベリア半島のAbrigo de los Chaparros(Albalate de l Arzobis po,Te ruel) 上の先史絵画の特徴付けにポータブルラマンが使用されました。1 洞窟壁画は、屋外のシェルターで発見されたもので、太陽光や風のためにラマン測定が難しく、表面に顔料のラマンシグナルを不明瞭にする可能性のある堆積した塵やクラストがあります。フレキシブルフォームゴムキャップ(Carolのキャップ)を設計し、これらの環境由来の干渉を低減するために利用しました。洞穴の中で取得したスペクトルを図 1に示します。ヘマタイト(h)のピークは、ウエルライト(w)と石膏(g)を含むクラストに起因するものに加えて見ることができます。

図1. 洞窟壁画のラマンスペクトル(ヘマタイト/h, 石膏/g, ウェルライト/w)

B&W Tek社のポータブルラマン分光計は、スペインの最も重要な文化財の1つであるアルハンブラ宮殿ホールのヴォールトで、プラスターワークに使用されている材料の包括的な研究に使用されています2,3。数年間続けられてきたこの研究は、プラスターワークの適用における技術と、それらが何世紀にもわたって受けた崩壊に焦点を当てて、プラスターワークにおける材料の研究です。図2は測定位置を示すホールの概略図と、三脚に取り付けられた電動ステージ付きのビデオ顕微鏡とポータブルラマン分光計の写真を示しています。

図2. (a)ホールにおける1つのヴォールトの垂直断面の図 (b) 足場の上のポータブルラマン分光計(c)三脚上の顕微鏡プローブ詳細(Royal Society of Chemistryの許可を得てリファレンス2から再現)

アルハンブラの鍾乳石のヴォールトの装飾について、試料を取り除くことなくラマンスペクトルを測定した結果、この重要な文化遺産としての価値を維持しつつ、より広い領域を研究することができました。これらの装飾は石膏で作られ、イスラム様式を反映した多彩な色で装飾されています。種々の典型的な古代の顔料が同定され、ラピスラズリのスペクトルの詳細から地理的起源も同定できました。ブルーはイスラム芸術に特徴的な色であり、ラピスラズリ色素を形成するラズライトに由来します。図3は、ヴォールトや天然・合成の青色顔料における青色の装飾のスペクトルを示しており、これらはすべて548cm-1にラズライトの特徴的なピークを有しています。

図3. 青色顔料のラマンスペクトル

ヴォールトの赤い装飾は顔料である辰砂と鉛丹に由来します。これらは様々な部分に見られ、いくつかの装飾的なモチーフで一緒に使われているように見えます。辰砂のラマンスペクトルを石膏上で収集しました。収集されたデータから、顔料が同定できるだけでなく、それらが受けている劣化も確認できます。図4では分解生成物カロメルによる白色成分は辰砂のラマンスペクトルにおいても確認され、検出可能です。また、1009cm-1に石膏由来シグナルを含みます。

図4. 良好および劣化した状態の辰砂顔料のラマンスペクトル

装飾品の金めっき部分の多くは腐敗しており、あまり多くは残っていないため、現地での分析はこれらの限定された(そしてしばしばアクセスが困難な)領域にあるサンプルを同定する唯一の手段であることが多いです3。金メッキの近くのヴォールトの黒い部分はスズ酸化物と一致しており、おそらく後の修復時にスズ箔が金メッキの代わりに使用されたことを示唆しています。

ポータブルラマン分光法は、考古学分野の研究において貴重なツールであり、重要な文化財に対して非破壊で分析による影響をほとんど与えない現場での同定を可能にします。光ファイバープローブと三脚取り付け型ビデオ顕微鏡は、サンプリングの必要性を減らし、広範囲の測定が可能となります。また、レーザー出力を低レベルに調整可能にするとで、ラマン分光法では測定の難しい暗色顔料サンプルも測定可能となりえます。ラマン分光法による同定は、重要な考古学的建造物の建設・修復に用いる材料の理解や、保存・修復作業における劣化の理解に役立っています。

The sharing of the research carried out by the groups whose work is highlighted here is gratefully appreciated. I would like to thank Prof. Antonio Hernanz of Universidad Nacional de Educación a Distancia in Madrid, Prof. María José Ayora Cañada of the Universidad de Jaén, and Arturo Prudencio of Microbeam.

  1. “Spectroscopic characterisation of crusts interstratified with prehistoric paintings preserved in open-air rock art shelters”, A. Hernanz et al, J. Raman Spectrosc., 2014 45(11), 1236-1243. doi 10.1002/jrs.4535
  2. “In situ noninvasive Raman microspectroscopic investigation of polychrome plasterworks in the Alhambra”, A. Dominguez-Vidal, M.J. de la Torre-López, R. Rubio-Domene, M.J. Ayora-Cañada, Analyst, 2012, 137(24), 5763-9. doi: 10.1039/c2an36027f.
  3. “Gold in the Alhambra: study of materials, technologies, and decay processes on decorative gilded plasterwork”, M.J. de la Torre-López, A. Dominguez-Vidal, M.J. Campos-Suñol, R. Rubio-Domene, U. Schade and M.J. Ayora-Cañada, J. Raman Spectrosc., 2014, 45(11), 1052-1058. doi 10.1002/jrs.4454
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