イオンクロマトグラフで廃水中の窒素を測定したら、UV検出器(UVD)と電気伝導度検出器(CD)で値が違う!? イオンクロマトグラフで定性分析する際の注意点も含めて、ご隠居さんがその原因と解決方法を解説しています。
シーズン1 その拾(十)
「ご免なさいよ。番頭さんはいらっしゃいますかね?」
「音羽のご隠居さん!湯島の天神さんでも行ってきたんですか?けど,丁度いいところに来てくれましたね。毎度のことですが,一つ相談に乗って下さい。実はイオンクロマトグラフの値が合わないって云われて困っているんですよ。今度は硬度じゃなくて,廃水中の窒素の値なんですけど。」
「相手は吸光光度法ですか?それなら,番頭さんだってやってみたことあるじゃないですか,,,」
「私のやったのは酵素還元法ですよ。今度のは銅-カドミ還元カラムなんですよ。」
「還元法が違うたって値が変わるこたぁない。大きくずれたら,操作ミスか前処理ですよ。」
「ですよね〜。けど,こっちのほうが高いってんで判らなくなっちまって,,,塩化物の妨害がないように紫外吸収検出器 (UVD) を使っているし,亜硝酸,硝酸の分離もきれいだし,,,」
「ふ〜ん,面白いことになってきたね。いい話ですね。」
「ご隠居さん!感心してちゃいけません。先方は金に糸目は付けないって云うんです。説明できなきゃ折角の話がパーになっちまうんですから,,,」
「いやいや,ごめんなさいよ。うまく分かれているのにICのほうが高いなんてことは滅多にありゃしないから,謎解きが楽しくなってきたんですよ。それじゃ,細かな実験をしてくれますかね?お客さんの試料は残ってますか?イオンクロマトグラフの検出器には、UVDだけじゃなく電気伝導度検出器 (CD) も繋いで下さいね。UVDと直列ですよ。波長は210 nmで行きましょう。」
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イオンクロマトグラフで硝酸や亜硝酸を測定するには、検出器は紫外吸収検出器(UVD)が効果的ですな。200〜220 nmで検出すると電気伝導度検出器(CD)よりも高感度だし,臭化物,ヨウ化物,臭素酸,チオシアン化物,クロム酸なんかも検出できる。塩化物,リン酸,硫酸なんかはこの波長では吸収がないから,選択的に検出できるんですよ。
そろそろ装置は安定しましたかな?そうですか。それじゃ,混合標準を打ってみてください。濃度を変えて2回ずつです。10 ppb位までやってくれるといいですね。お願いしますよ。
話が変わるようですが,最後まで聞いてくださいね。
分析って,「定性分析」と「定量分析」に分けられてますよね。ICやHPLCでの定性ってどうやりゃいいんですかね?そう,保持時間 (溶出時間) ですね。溶出時間がぴったり (許容範囲内で) 一致すりゃそれだって云えますね。定量のほうは,ピーク高さや面積を計って,検量線と照らし合わせて濃度に換算するってことですね。ここまではよろしいですかね。
それじゃ,目的の位置に何かピークが出てたら,目的イオンだって言い切れますかね?そうでしょ。他のが重なってるかも知れないんですから何ともいえませんね。定性ができてなきゃ定量なんてできゃしない。まずは定性有りきなんです。質量分析計 (MS) なら少しは信用できるかも知れないが,CDやUVDじゃ確証なんて持てるわきゃありません。そもそも,無機イオンなんて絶対的な定性できる検出器なんかはありゃしません。MSだって怪しいんですよ。それじゃどうするかって?性質の違う2つの検出器で検出するんです。早い話が,CDとUVDを繋げるんです。
そんなことはとうにやってますって,,,う〜ん,云ってることが違うんだな。共存イオンの妨害があるから,UVDを付けるって云うんでしょ。それはそれでいいんだけど,今日の話はちっとばかり違うんだ。それぞれの検出器の応答比をとって定性しようっていう話です。
電気伝導度も紫外吸収も物理的な値ですよね。濃度や測定条件が固定されていれば,その値は常に一定になりますよね。判りますか?そうです。測定条件決まっていれば,それぞれの検出器の応答の比は,濃度が変わろうが常に一定になるはずです。当然だけど,測定成分が変われば応答比は変わるし,別の成分が重なっていても応答比は変わります。こうすりゃ,きちんとした定性ができるんで,定量値の信頼性も上がりますよね。フォトダイオードアレー型の検出器 (PDA) がありゃ波長比をとるってのもいい方法ですね。けど,無機イオンは特徴的な吸収スペクトルを持ってないから,CV/UVD比のほうが効果的だと思いますけど,,,
そろそろ幾つかデータが取れましたか?それぞれの面積値の比をとって,横軸濃度でグラフを書いてみてください。どうです?一定値になりましたかな。話したとおりですね (下図)。濃度の低いほうが若干ばらつきますが,ベースラインのノイズやうねりの影響がでてくるんで多少はやむえません。けど,この方法なら妨害があるかどうかの確認ができるでしょ?試料中の目的成分の応答比が標準と一致すれば,CDでもUVDでもどちらで定量しても問題はありません。
次に,お客さんの試料を何回か測ってくださいね。応答比 [CD/UVD] が標準の値と大きく離れていなきゃ干渉は少ないって判断できますから。
一致しなかったらどうするかって?確かにね。ここが問題ですね。一致しないっていうのは,別もんか,何かが重なっているってことです。応答比 [CD/UVD] が標準より低ければUVDの干渉が大きく,逆ならCDの干渉が大きいってことです。一致しない時は,前処理するとか分離を良くするしかないですね。性質の違う分離カラムに代えてみるってのも重要です。実際のところは,どのくらいの定量精度が要求されているかによって変わります。応答比が少しずれてても,多少の誤差が許容できるのなら,どちらかの検出器の面積値をもとに定量すりゃいいんですよ。
さて,お客さんの試料のほうはどうですか?
標準と一致しない!標準の応答比よりも小さいんですか!やはりUVDのほうが妨害されてるんですね。それじゃ,CDのほうで定量して,お客さんの云う値と比較してみてください。
どうですか?少しはましになったが,まだ若干高い!CDにも影響があるんですな。
う〜ん。何かが硝酸か亜硝酸のピークに重なっているのが原因なんだろうけど,吸光光度法の還元が不十分で硝酸の値が低くなっている,ってこともあるのかな?全窒素の値から亜硝酸性窒素の値を引くと硝酸性窒素の値が出ますんで,比べてみて下さい。
どうですか?硝酸はほぼ一致してて,亜硝酸がCD,UVD共に高いってんですね?
まず,有機物ですね。検出波長が210 nmですから。有機物は210 nmに吸収を持つものなんて至る所にありますからね。ほら,有機酸だって210 nmじゃ検出されるでしょ?亜硝酸のとこに何かの有機物が出てるんですな。それが,CDにも少し影響してるってことです。
こうなると,前処理か,分離を改善するしかないですね。試しに,ODSのカートリッジでも通してみますかね?少しは改善できるかもしれません。さっさとやってみて下さい。それでだめなりゃ分離の改善だ。疎水性基材の充填剤を使うと有機物が遅れるんで,少しは分離するかもしれません。逆に,親水性基材の充填剤で,溶離液に有機溶媒を少し入れて有機物を前にずらすってのもいいかな?今は親水性の充填剤ですか,,,それじゃ,標準溶離液を80%位に薄めて,90:10でアセトニトリルと混ぜたもんを作っておいて下さい。前処理の次に試してみましょう。
ODSを通した奴はどうですか?少しましになっただけ,,,それじゃ,今作った溶離液に代えましょう。一寸一服してきますんで,安定したら打って下さいね。
どうですかな?うまくいった!亜硝酸の前に小さなピークが出たんですか。一体,何だろうね?CDにも影響してるんですよね?有機酸の仲間かな?何だか判らんけど,応答比は一緒で,吸光光度法の値と一致したんですね!これで,一安心ですな。前処理カートリッジを使うより安上がりだし,,,結構遠回りしちまったけど結果善しってやつですね。再現性は見ておいて下さいね。
結構遅くなっちまいましたな。これから帰って夕飯を作るのも面倒なので,番頭さん付き合ってくれませんかね。何?寛さんも行きたいって。まあいいでしょう。付いておいで。
分離が良くても,ピークがきれいであっても,安心しちゃいけません。汎用検出器の場合には,何が重なっているか想像もできませんから。まずはしっかりとした定性です。添加回収なんて方法もありますが,検出法に選択性がないと不安ですね。前処理,分離,検出の3つが整わないと信頼性を高めることができないんです。種々工夫をしてみて下さいね。
では,また来月。
※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。
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