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イオンクロマトグラフで水道水を分析中に亜硝酸のピークが消えてしまった!?ご隠居さんがその原因と対策を解説しています。

シーズン1 その弐(二)

そろそろ紫陽花が咲きそうですね。夏越の祓を兼ねて,五月雨 (一月違うが,陰暦なのでやむを得ない,,,) に濡れながら鎌倉にでも行ってみますかね。あの青から赤へと色が変わるってのが何ともいえず不思議ですね。紫陽花の色って土のpHと繋がりがあるっていいますね。リトマス試験紙の逆で,「土が酸性なら青,アルカリ性なら赤」っていいますけど,実際はアルミニウムイオンの量と関わりがあるようなんです。土が酸性ならアルミニウムもイオン化し易いんで,青くなりやすいって訳です。たまにゃ,真っ白なんてのもありますが,あれは土の中のアルミが全部いなくなっちまうてことなんですかね。そんな訳ぁ無いだろうけど,イオンって面白いですな。

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「ご隠居さん,ご隠居さ〜ん!大変だ〜!ご隠居さ〜ん!起きてますかぁ〜?」

誰だい。六月だってのに,朝っぱらから五月蠅い奴だね。これじゃ,銭形平次の八五郎や,うっかり八兵衛も顔負けだねぇ。おや,池之端の Metrohm さんとこの寛さんだね。ここんところ,ひっきりなしに来るね。こないだうちも,「ノイズが大きい」だとか,「バックグランドが下がらない」,「圧力が高い」なんて来たけど。また,何かしでかしたんじゃないかな。

「はいはい,今開けますよ。そんなに息を切らせて,,,,ほぉ,池之端から音羽まで駆けっぱなし。そりゃまぁ,大変なことですな。こんな早くからどうかしましたかな?」

「ご隠居さん,落ち着いて聞いて下さいよ!消えちまったんですよ。一度ならずも二度までも。」

「あたしゃ落ち着いてるよ。落ち着くのはお前さんだよ。まぁ,茶でも飲んで一息入れなさい。」

「で,話しってのは,,,番頭さんは越中へ,清さんは相模の平塚に出掛けているんで,私が依頼分析頼まれちゃって,,,亜硫酸てのを測れってんですが,ピークが消えちまうんですよ!」

「亜硫酸イオンですかぁ,,,,ん,なるほどね。まあ,詳しく話してごらんな。」

「とりあえず,陰イオンの標準に亜硫酸とチオ硫酸を添加してクロマトを採ったんですが,亜硫酸が出ないんですよ。何回もやったんですが同じなんで首を傾げていたんですが,こいつぁ気が付いたんですよ。以前,番頭さんに教えて貰った通り,溶離液にNaOHを入れましてね。そしたら,亜硫酸,チオ硫酸を入れた9成分が綺麗に分かれて,検量線もバッチリなんです。」

「なるほどねぇ。番頭さんはきちんと教えてるんだね。さすがだねぇ。」

「けどね,水道水に入れたらいなくなっちまったんですよ。こりゃ変だと思ったんですが,時間もないんで打棄といて,客の試料を測ってみたら亜硫酸もチオ硫酸もいないんで。そんで添加してみたんですが,ピークがでない。添加してるのに出ないなんことがあるんですかねぇ?」

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朝っぱらから面白い話を聞かせて貰いましたね。昔にも同じような話しがありました。

 

まずは,分離の話しだね。おまえさん達がよく使うカラムだと,亜硫酸イオンはリン酸イオンと一緒に出るんじゃなかったかな。こいつらは炭酸の濃度を変えたって分けることはできない。そこで,溶離液にNaOHを入れてpHを高くすると,リン酸イオンが硫酸イオンの後ろに行っちまうんで,こいつらを分けられるって訳だ。リン酸の酸解離指数 (pKa) は三つあって,大凡2.2,7.2それから12.2だな。それぞれのpHの値の所で,

H3PO⇔ H2PO4 ⇔ HPO42- ⇔ PO43- って形になるね (下図)。炭酸系溶離液のpHは概ね11だろうから,ふつうは HPO42- の形でいるんだが,NaOHを加えてpHを12.5以上にすると PO43- の比率が高くなって充填剤に強く捕まるようになる。前にも云ったけど,イオン交換ってのは価数の大きい方が遅れて出てくるんだから,NaOHを入れてリン酸イオンを後ろに行かせたってのはいいことだね。

 

 H3PO4 + H2O ⇔ H3O+ + H2PO4  Ka1= 5.25×10−3,pKa1= 2.28
 H2PO4 + H2O ⇔ H3O+ + HPO42–  Ka2= 6.02×10−8,pKa2= 7.22
 HPO42– + H2O⇔ H3O+ PO43–  Ka3= 6.16×10−13,pKa3= 12.21

 

さて問題は,消えちまったってことだ。「亜」が付く酸は一番安定な形の酸よりも,酸素の数 (酸化数) が少ない奴のことでね,亜硫酸の他に,亜硝酸 (HNO2 ← HNO3 [硝酸]),亜リン酸 (H3PO3 ← H3PO4 [リン酸]) なんかがある。こいつらは意外に簡単に酸化されて,一番安定な形になってしまう。特に,亜硫酸って奴はふつうの水ん中でもすぐに硫酸になっちまう。

ここでだ。話が飛んでしまうように聞こえるかもしれないが,黙って最後までお聞き。
水道水がカルキ臭いっていうけど,これは残留塩素のせえなんだ。浄水場じゃ次亜塩素を使った塩素消毒で川の水なんかを殺菌しているが,水当たりを起こさないように残留塩素を一定以上残しておくよう御上から御触れがでているんだ。このお陰で安心して飲めるようになったんだけど,残留塩素ってのは酸化性が強くって「亜」の付く奴らを酸化してしまう。つまりだね,水道水に添加した亜硫酸イオンは,残留塩素で酸化されて硫酸イオンになっちまったてぇ訳だ。硫酸イオンのピークが大きくなっていないか戻って見てごらん。ちなみにチオ硫酸イオンも酸化分解されて,二個の硫酸イオンになりますよ。

で,こっからは当て推量なんだが,そのお客さんの試料ってのも何か酸化性のものが入っているんじゃないかな。多分,亜硝酸イオンも出てないんじゃないか。そうだろ,そうだろ。採取直後ならともかく,時間がたったら測ることはできないね。採取直後だって,怪しいんじゃないかな。どんな謂われの試料か判らんが,できないものはどうやってもできませんね。やったことを正直に話せば,お客さんも判ってくれるんじゃないんですか。
余談なんだが,水道水のなかの残留塩素ってやつはいろんな有機物も酸化しちまう。有機物をきちんと測るには残留塩素を殺さなきゃなんない。そんとき使うのが,亜硫酸ナトリウムやアスコルビン酸なんだ。水道水に入れた亜硫酸イオンがなくなるのも当たり前っちゃ当たり前の話しなんですよ。試しに,お客さんの試料にアスコルビン酸を入れて,時間をおいてから,亜硫酸イオンを入れてみるとピークが出てくるかもしれませんよ。

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世の中,還元性の水ってのは少ないんです。天然水では地下水や温泉水くらいですかね。青潮も酸素不足なので, 還元状態ですね。けど,ふつうの水は酸化性です。水ん中の溶存酸素も酸化する力を持っていますんで,酸化されやすいイオンを測るときには,試料の由来をちゃんと聞いておかなきゃなりません。当然,採取後直ぐに測るっていうのが約束事ですよ。心に止めておいて下さいな。今月はこんなところでいいですかな。

それでは,また来月,,,

※コラムは2010年に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地と異なります。

 

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