イオンクロマトグラフで水を測定したらクロマトグラム上に入ってもいない成分のピークがある!?未知ピークが出た時の対処方法について、今回もご隠居さんが楽しく明快に解説しています
シーズン1 その参(三)
雨っぽい空模様が続きますね。雨も嫌いじゃないんだが,こんなに続くと気重になっちまう。けどね,ここで降ってくれなきゃ美味しいおまんまが食べられないんですよね。
作物にとっては恵みの雨ってとこですかね。難しいもんだね。あと半月の我慢。我慢です。
雨や川の水はイオンクロマトの一番のお客さん,お得意様ですな。水っていってもすべてが綺麗な訳じゃない。町ん中の川の水なんぞ測ってみると,あちこちに得体の知れないピークが一杯出てきますな。
所謂,未知ピークです。よくね,「このピーク,何ですか?」って聞かれるんですよ。いくら何でも,一目見ただけで言い当てるなんてできません。神様やお釈迦様じゃないんだから。
まぁ,そろそろお呼びがかかって仏様になっちまうかもしれませんが,,,
けど,分離カラムと分析条件さえ決まれば出てくる順は決まりますんで,出てきたとこ (保持時間) や試料の由来から大凡見当が付いちまう。
大概はこれで一件落着ってなことになるんだけど,たまにゃ,試料に入ってないのに出てくるっていう不可思議な奴もいるんですよ。
「ご隠居さん!お早うございます。いらっしゃいますかぁ〜?お留守ですかぁ〜?」
「おや,Metrohm さんとこの寛さんでしたかな。今日はお一人でどうしたんですかね。」
「ご隠居さん。硫酸の後ろに何かが出るんです。何度遣っても出るんで,間違いないと思うんですよ。けど,お客さんに話したら,そんなもの出る訳ないって一点張りなんですよ。これじゃ,せっかくの商いも流れてしまいます。番頭さんは,出掛けたっきり二三日帰ってこないし,,,音羽のご隠居も留守にしているし,,,千駄木のご隠居さんがいてくれて助かった。池之端,音羽,千駄木って駆けずめで,これじゃ真っつぐ千駄木のご隠居のとこに伺えば良かった。」
「おや,おや,ご苦労なこって。番頭さんはまたお出かけで,音羽の隠居もいないって。あの人は一旦外に出るとそう簡単にゃ戻ってこないからねぇ〜。きっと,どこぞで旨いもんでも突きながら一杯やってますよ。浅草か,向島ですかな?何々,硫酸の後ろって,直後なのかい?そりゃ,シュウ酸ですよ。間違いないですな!傍なんだから,さっさと戻って試してごらん。」
「ご隠居さん。あのぉ〜,今朝方の話しなんですが,,,シュウ酸じゃなかったですよ。それに,標準液にも出るようになっちまったんですが,,,装置の汚れですかね?」
「なんだって!何かとんでもねぇこと為出かしてんじゃないかい?細かく話してごらん。」
「分析時間は20分。オートサンプラを使って,標準液,試料A,試料B,シュウ酸添加標準液の順で注入したんですよ。試料Bにそいつが出るんですが,シュウ酸とは重ならないんで,少し後ろです (下図)。シュウ酸単独でも打ってみたんで,間違いないです。見て下さい。」
「次にね,標準液,試料B,標準液と打ったんですが,そいつは何処にも見あたらない (下図左)。何が何だか判らなくなっちまって,標準液,試料A,標準液と打ってみたんですが,今度は標準液のほうに出てきちまったんで (下図右)。やっぱり装置の汚れなんですかね?」
とんだ迷回答でした,,,すぐ近くなんで,池之端のMetrohm さんの店まで行って一緒にやってみたんですが,確かに,肝心の試料Bには全く出ませんねぇ (下図左)。いろいろと唸ったあげく,試料AとBを交互に打っていたら,変なことが起きましたよ〜 (下図右)。
なるほどね。それじゃ,方針変更,持久戦です。
ご覧なさい。ほら,出ましたよ〜 (下図) !こりゃ,見落しちまうかもしれませんな。一本前のお釣りでした。試料Aの後に試料Bを打つと,試料Bの硫酸イオンの後ろに例の奴が出てくるんですな。
オートサンプラを使ってたてんだから無理はないんですけど,手打ち (打ち首ではありませんよ) だったら直ぐに判ったんじゃないですかね。皆さんは,硫酸イオンが出終わるとつい止めちゃって次の奴を打っちゃうけど,もう出ないっていう折り紙が付いている訳じゃないんですから。じっと待つことも分析のうちですよ,,,
それじゃ,分析時間はどうやって決めるかって!私の場合,まずは手打ちですね。硫酸イオンの3倍くらいは,睨めっこです。そんでもって,クロマトグラムを目一杯拡大して,定量下限に近いピークがないかを確認するんです。これで問題なきゃ,分析時間は硫酸イオンが出切るところで決まりです。もし何かいたら,そのピークが出切るところが分析時間です。
これじゃ,処理できる数が少なくなっちまうって!その通りです!でも,こればっかりは仕方ないんじゃないですか。でも何とかしたいって?それじゃ,最後の切り札。力業です。
一つの技は,邪魔な奴を測らないとこに出しちまえばいいんですよ。例えばね。注入からフッ化物イオンが出るまでの間とか,亜硝酸イオンと硝酸イオンの間とかです。遅れて出てくる奴は,硫酸イオンの後ろに出すってのもいいですね。ちょっと頭を拈って,注入をずらしてやれば邪魔な奴を被害のないところに出すことができますよ。
もう一つの技は,洗い出しです。適当な時間で濃度の高い溶離液に切り替えてしまえば,邪魔な奴を洗い出せます。ただ,この場合は,元の溶離液にきちんと戻ってからじゃないと,次の試料が打てませんよ。出切るのをじっと待つよりも時間がかかってしまうこともありますよ。どちらを採るかは試料次第ですんで,いろいろと試してみて下さいな。
最後にもう一つ。お釣りの確認方法。
ピークってのは,後ろに出るものほどピーク幅が広いんですよ (下の図は一例)。イオンによっちゃ妙に巾広い奴もあるんだけど,大概は順に広がっていくんです。この仕組みを頭に入れといて,得体の知れないピークの幅を比べりゃ,お釣りかどうかの見当はすぐに付きます。どうです?これさえ知っておきゃ,もうお釣りに惑わされることはありません。二八蕎麦屋もできますよ。今何時だい?
今は機械が進んじまって,年寄りにはきちんと使いこなすことができませんが,機械ばかりに頼っていると痛い目に遭うことも結構あるんじゃないですか。まぁ,便利っちゃ,便利なんですが。けど,信頼し切っちゃうってのはどうしたもんですかね。では,またの機会に。
※コラムは2010年に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地と異なります。
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