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前回に引き続き「マトリックス効果」の2回目です。イオンクロマトグラフィのサンプルに含まれる様々な”マトリックス”への対策を可能な限り実試料のデータを紹介しながら、ご隠居さんがわかりやすく解説しています。

シーズン4 その貳拾(二十)

 

 

こんにちはぁ~。今回はマトリックス効果の2回目です。「イオンクロマトグラフィの試料は “きれいな水” である」なんて言われていますが,前回お話ししましたように,この “きれいな水” にも多種多彩なマトリックスが含まれていて分離や検出の妨害となることがあります。当然,腐食性物質,固体,吸着性成分等が含まれている場合には,装置やカラムに深刻なダメージを与えてしまうこともあります。つまり,“マトリックス” は種々のトラブルの原因となり得ますので,常にその対応策を意識して前処理や測定条件等を設定する必要があるんです。

ということで,今回からは可能な限り実試料のデータをお見せしながら “マトリックス効果” への対応策についてお話をしていきます。

 
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さて,下記のクロマトグラムを見てください。インラインダイアリシス–イオンクロマトグラフィによる食肉加工品抽出液のクロマトグラムです。第玖話の図9-3にお見せしたものですが,図9-3の標準液のクロマトグラムが間違っていましたので差し替えました。図20-1は,食肉加工品抽出液中の亜硝酸イオンと硝酸イオンの定量を目的としたものです。多くのピークが検出されており,標準液と照らし合わせていくつかのピークを定性していますが,標準液の溶出時間とは微妙にズレています。

図20-1 食肉加工品抽出液の測定例

第玖話及び前回に示しましたが,ある成分の濃度が高くなるとその成分の溶出時間は早くなりますが,その成分だけでなく共存成分の溶出時間も変動します。一般に,高濃度成分の前に溶出する低濃度成分の溶出は早くなり,高濃度成分よりも後ろに溶出する低濃度成分の溶出への影響は小さく,若干遅くなる傾向にあります。

図20-1では,亜硝酸イオンは塩化物と推定される巨大なピークと重なっています。硝酸イオンは単独ピークに見えますが,多数の未知成分 (”印) が検出されていますので,検出器に応答しない成分も共存していて硝酸イオンと重なっていると考えるのがよいでしょう。このような場合,紫外吸収検出器UVDを接続して測定すれば定性・定量精度を向上させることができます。

図20-2に,電気伝導度検出器CDとUVDとの同時測定例を示します。UVDには亜硝酸イオン,臭化物イオン及び硝酸イオンが検出され,未知ピークの数も大幅に減りました。しかし,亜硝酸イオン及び硝酸イオンの定量値は,CDではそれぞれ1.10 mg/L及び0.84 mg/Lであるのに対して,UVDでは1.21 mg/L及び0.73 mg/Lと約10%のずれがありました。亜硝酸イオンは,その前に溶出している塩化物イオンと推定される巨大ピークの影響を受けて,CDでは面積値が過小評価されていると思われます。一方,硝酸イオンの定量値の差異の原因は不明ですが,恐らくピークの重なりでしょう。この結果から,定性・定量両方の視点からUVDの使用が有効だということなのですが,本質的には,さらなる分離の向上,あるいは前処理による精製度の向上が必要であることを意味しています。

図20-2 食肉加工品抽出液のCDとUVDとの同時測定例
 
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図20-1及び-2ではMetrosep A Supp 4-250で分離を行っていますが,この分離カラムと類似の捕捉特性を持ち,分解能の高いカラムとしてはMetrosep A Supp 5-250があります。図20-3に2種のカラムの溶出パターンを示します。溶出順序は概ね同じですが,Metrosep A Supp 5-250のほうがMetrosep A Supp 4-250よりもピークがシャープで良好な分離を示すことが判ります。

図20-3 Metrosep A Supp 4-250とMetrosep A Supp 5-250の溶出パターン

図20-4に,Metrosep A Supp 4-250とMetrosep A Supp 5-250を用いた食肉加工品抽出液のクロマトグラムを示します。主要ピークの分離パターンは同じようですが,Metrosep A Supp 5-250では標準試料との溶出時間のずれがほとんどなく,リン酸イオンの前に出ていた未知成分が臭化物イオンのところに移動し,硫酸イオンのピークの重なりもなくなりました。また,測定対象である亜硝酸イオンと塩化物イオンとの分離は向上し,定量値は高くなりました。一方,硝酸イオンの分離状態はあまり変化していませんが,定量値は低くなりました。尚,この分離条件でUVDを接続して求めた亜硝酸イオン及び硝酸イオンの定量値は,それぞれ1.23 mg/L及び0.67 mg/LとなりCDで得られた定量値と一致しました。この結果から,イオン交換容量が高く,分解能の高い分離カラムを用いることにより,マトリックスによる溶出時間変動が抑えられると共に,ピークの重なりも解消できるということがお判りいただけたと思います。当然,UVDを併用することをお薦めします。

図20-4 食肉加工品抽出液のクロマトグラム

上記の通り,インラインダイアリシス–イオンクロマトグラフィによる食肉加工品中の亜硝酸イオン及び硝酸イオンの定量は,分解能の高い分離カラムに変更することでマトリックスによる妨害をかなり解消することができました。UVDによる定量値とも一致しましたので,結果としてこの対策方法で定量精度も十分確保できているものと思われます。

イオンクロマトグラフィで汎用される電気伝導度検出器CDは,イオン性化合物なら何でも応答してしまう汎用検出器です。紫外吸収検出器UVDはある程度の選択性を示しますが,無機物の定量には短波長側を用いますので有機化合物の多くも検出されてしまいます。従って,良好な分離が得られている場合には良いのですが,分離が不十分な場合には必ずしも高い選択性を示すとは限りません。イオンクロマトグラフィにおいてマトリックス効果が発生しているかどうかを確認する,あるいはマトリックス効果を解消するには,まずは分離カラムを変更して比較してみるべきです。

今回お見せしたデータは分解能 (分離能) の向上で対応しましたが,理想は溶出パターンが異なる分離カラムを用いた確認・検証です。しかし,一般的に測定対象となるイオン (塩化物イオン,硝酸イオン,硫酸イオン等) に関しては,溶出順序が大きく異なる分離カラムがないというのが現状です。比較的簡単にできる確認・検証策は溶離液組成の変更です。溶離液組成による溶出挙動の変化度合いはイオン種によって微妙に異なりますので,測定対象成分とマトリックスとの分離が改善される可能性があります。さらに,有機性のマトリックスが多く含まれていると推定される場合には,溶離液への有機溶媒 (アセトニトリル,メタノール,アセトン等) の添加も有効な場合もありますので試してみてください。

 
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定量精度の確認方法としては,上述したように保持特性の異なる分離カラムを用いる手法の他,吸光光度法等の測定原理の分析手法を用いて比較・検証するのも良いと思います。分析条件を確立・設定する時だけでなく,年に1回ないし2回は検証するようにしておくとよいと思います。

無機物の定量法としては,イオンクロマトグラフィ以外にも旧来から多種多彩な方法が用いられていて,日本産業規格JIS等多くの公定法に規定されています。今回測定対象とした亜硝酸イオン及び硝酸イオンの定量法としては,銅・カドミウムカラム還元ーナフチルエチレンジアミン吸光光度法がJIS K 0102 工場排水試験方法 (Testing methods for industrial wastewater) に採用されています。この方法を用いれば比較的簡単に検証を行うことが可能です。

図20-5に,インラインダイアリシス–イオンクロマトグラフィと比色法との定量値の相関を示します。ここでは,銅・カドミウム還元カラムの代わりに還元酵素を用いて還元しています。結果は見てわかる通り,亜硝酸イオン及び硝酸イオン共に良好な相関を示しました。しかし,亜硝酸イオンはイオンクロマトグラフィのほうが約10%程度低い値,硝酸イオンはイオンクロマトグラフィのほうが若干高い値となりました。まぁ,概ね良好といったところですかね。

図20-5 インラインダイアリシス-イオンクロマトグラフィと酵素還元比色法との相関
 
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今回は,食肉加工品抽出液のデータを例にとり,マトリックス効果,特に溶出時間変動とピークの重なりについてお話をしました。今回お見せした試料は,ホモジナイズして抽出した後にダイアリシス (透析) をかけたものですので,タンパク質等の高分子化合物や疎水性有機化合物は除去されています。そのため,亜硝酸イオン及び硝酸イオンのピーク面積の繰り返し再現性 (RSD,n =10) は,CDではそれぞれ4.92%及び3.30%,UVD ではそれぞれ1.57%及び2.43%と良好でした。さらに,連続50回の測定では,CDでは7.20% (亜硝酸) 及び2.53% (硝酸),UVD では2.45% (亜硝酸) 及び 2.53% (硝酸) でした。このことは,分離検出だけでなく,前処理に関しても適正な手法を用いれば,マトリックス効果を低減して高精度測定が達成できるということを意味しています。

次回も分離検出に関わる話をしようかと思っています。それでは,また・・・

 

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