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今回はマトリックス効果の10回目で、試料前処理モジュール SPM Rotor Aによる対イオン交換反応を用いた「金属イオンの吸着除去」や「対イオン交換」についてお話ししています。

シーズン4 その貳拾捌(二十八)

 

 

こんにちはぁ~。

前回はインライン中和法による高アルカリ溶液中の陰イオンの測定の話でした。陽イオン交換樹脂を充填した試料前処理モジュール SPM Rotor A を用いて水酸化ナトリウムを水に変換することで,試料中の微量陰イオンを測定するというものです。基本原理はH+型陽イオン交換樹脂充填固相抽出カートリッジを用いる場合と同じですが,SPM Rotor Aは陰イオンサプレッサMSM-HC Rotor Aと同じ構造ですので,インラインかつ自動で中和処理をしてくれます。その結果として,アルカリ成分によるマトリックスの影響が解消されるだけでなく,人的汚染がない,信頼性の高い結果を得ることが可能となります。

前回の最後にも書きましたが,このSPM Rotor Aによるイオン交換反応を用いる手法は,インライン中和だけでなく「金属イオンの吸着除去」や「対イオン交換」等にも利用可能です。今回は,まず対イオン交換反応を用いたマトリックス除去についてお話ししましょう。

 
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さて,今回のターゲットマトリックスはホウ酸 (H3BO3またはB(OH)3) です。

ホウ酸は,酸解離定数 pKa 9.00 ~ 9.24の弱酸で,温泉水や地下水中に多く含まれており,殺菌剤,殺虫剤,殺鼠剤,難燃剤等に使われています。酸性溶液中ではホウ酸 (H3BO3またはB(OH)3) として存在していますが,アルカリ溶液中では四ホウ酸イオン (B4O72–) の形で存在しています (図28-1)。尚,試薬四ホウ酸ナトリウムは10水和物 (Na2B4O7·10H2O) です。

図28-1 酸性及びアルカリ溶液中でのホウ酸の形態

表27-1 塩水溶液の電気伝導度と10 mS/mまで希釈したときの塩濃度とイオン濃度

 

最近は見かけなくなりましたが,四ホウ酸ナトリウムは陰イオン分析の溶離液として使用していました。溶離力はあまり強くないので,保持の小さい成分の相互分離に利用します。四ホウ酸イオンはサプレッサでホウ酸に変換されます。ホウ酸はホウ素のオキソ酸なんですが,水溶液中ではほとんど解離していません。このような理由で,四ホウ酸ナトリウムをサプレスト式イオンクロマトグラフィの溶離液として利用することができるのです。

で,陰イオン分析において,試料溶液中に高濃度のホウ酸が含まれているとどうなってしまうでしょう。もうお分かりですね。陰イオン分析用の溶離液のpHは約10で,ホウ酸のpKaよりも上ですので,分離カラムに注入されると四ホウ酸イオンに変換されます。四ホウ酸イオンの溶離力が低いといっても高濃度で存在していれば,測定対象の陰イオンの溶出時間は大きく変動してしまいます。
さて,どのように対処しましょうか?

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高濃度ホウ酸への対処策の一つは,既に提示してあります。「第貳拾陸話 マトリックス効果 -8」に示した「イオン排除カッティング法」です。図26-3を再度お見せします。ホウ酸等の弱酸イオンは,イオン排除カラムで分離することが可能です。塩化物イオンや硝酸イオン等の強酸イオンはイオン排除カラムの ”System peak” のところに溶出します。この ”System peak” の部分をカットして陰イオン分離カラムに注入すれば,高濃度ホウ酸中の陰イオンの分離が可能となるというわけです。

図26-3 イオン排除クロマトグラフィにおける主な有機酸と無機弱酸の溶出パターン

けど,「イオン排除カッティング法」には若干の問題点がありましたね。マトリックス成分の濃度や試料注入量が大きくなりすぎると,カットしたい成分が ”System peak” と重なってしまう恐れがあるということです。また,試料注入量が大きくなるにつれて,”System peak” の幅も大きくなります。

う~ん。難しい判断ですね。

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次なる手段は,前回「第貳拾漆話 マトリックス効果 -9」でお話しした “試料前処理モジュール SPM Rotor A” です。前回は,SPM Rotor Aに水酸化ナトリウム溶液を通過させて水に変換させることで,マトリックスの妨害を解消して,微量の陰イオンの測定を可能とするものでした。

水酸化ナトリウムを水に変換するということは,ナトリウムイオンを水素イオンに交換することです。測定対象の塩化物イオン等も対イオンが水素イオンに交換されて酸の状態になりますので,試料溶液は酸性側にシフトします。

SPM Rotor Aにホウ酸を含む試料溶液を通液すれば,弱酸性溶液となって溶出してきます。試料溶液がアルカリ性の場合には四ホウ酸イオンになっていますが,この場合でもナトリウムイオンが除去されてSPM Rotor Aの通過溶液は弱酸性です。つまり,SPM Rotor Aを通過させればほとんど解離していないホウ酸に変換することができるというわけです (図28-2)。

図28-2 SPM Rotor Aを用いるホウ酸溶液の酸性化

次いで,酸性化してホウ酸にした後のステップは・・・。

「第貳拾伍話 マトリックス効果 -7」で説明した「濃縮カラム法」を思い出してください。「試料溶液マトリックス中に溶離剤となるイオンが存在していなければ濃縮カラム法を適用できる」ということで,過酸化水素中のイオン分析例を示しました。ただ,過酸化水素による分離カラムへの影響を避けるため,試料濃縮後に純水で洗浄して,濃縮カラム内に残留した過酸化水素を洗い出す必要があると書きました。この方法を用いることにより,測定の妨害となるマトリックスを除去することができます。この方法はマトリックス除去法 (Matrix Elimination Method, ME法) と呼んでいます。

上述の通り,酸性溶液中ではホウ酸が解離していないとすれば,ME法によりホウ酸の除去が可能となります。但し,濃縮終了後,すぐに六方バルブを切り替えて,濃縮された陰イオンを分離カラムに送ると,濃縮カラム内に残留したホウ酸が四ホウ酸イオンとなって妨害を引き起こすため,過酸化水素の場合と同様に水で残留ホウ酸を洗い出しておかねばなりません。ME法によるホウ酸除去の概念と手順を図28-3に示します。

図28-3 マトリックス除去法 (Matrix Elimination Method, ME法)

ホウ酸の除去方法に関しては十分理解していただけたと思いますので,実際の測定例をお見せいたします。測定システムは,前回「第貳拾漆話 マトリックス効果 -9」でお見せしたものとほぼ同じで,濃縮カラムを洗浄するために純水ラインが追加されます。

図28-4は,3.0 g/Lホウ素溶液 (17.16 g/L H3BO3 + 16.6 mg/L LiOH) を2 mL濃縮したときの陰イオンのクロマトグラムです。ホウ素溶液をSPM Rotor Aに通液して,リチウムイオンをH+と交換し溶液を酸性化し,濃縮カラム (Metrosep A PCC 2 HC) に送って陰イオンを濃縮します。陰イオン濃縮後,純水8 mLを通液して濃縮カラム内に残ったホウ酸を洗い出した後に,分離カラムに送り分離を行いました。約1.7%のホウ酸溶液中の,sub-ppmの陰イオン及び有機酸を定量できています。

図28-4 インライン中和システムを用いる高濃度ホウ素溶液中の陰イオンの測定

表27-2 インライン中和システムとJIS法との定量値の比較

 
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Metrohmの ”Metrohm Inline Sample Preparation (MISP)” って,なんかすごいですよね。試料前処理モジュール SPM Rotor A と,濃縮カラム法,さらにカッティングカラム法等をうまく使いこなせば,マトリックスによる干渉をほぼ完全に解消することができちゃうんですよ。昔から,切り替えバルブを使うのが好きだったんでカラムスイッチング法は結構やっていましたし,固相抽出カートリッジは自分で作っていたんでずいぶん使いましたが,MISPのような完全インライン化まではやっていませんでした。システムやメソッドがどんどん複雑になってきて,ちょいと引き加減の方もおられるかと思いますが,Metrohmでは測定目的に応じた種々のMISPシステムを販売していますので心配はご無用です。興味ある方は,まずはお問合せですね。

今日は短めに終わりました。いつもこのくらいの長さで終わればいいんですが,つい余計なことを長々と・・・ すみませんね。

それでは,また・・・

 

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