シーズン4 その貳拾玖(二十九)
こんにちはぁ~。
前回,前々回と,試料前処理モジュール SPM Rotor A を用いたマトリックスによる妨害の解消策についてお話ししました。前々回は水酸化ナトリウム溶液の中和,前回はホウ酸溶液の酸性化でしたね。共に,マトリックスのイオン性をなくすことにより,次段の濃縮カラムで測定対象イオンの濃縮及びマトリックス除去を可能とし,試料溶液中の微量陰イオンの測定を行っています。ここで,この二つのアプリケーションにおけるSPM Rotor A内での反応を見てみましょう。
第貳拾漆話–中和: ͰSO3H + NaOH Æ ͰSO3Na + H2O
第貳拾捌話–酸性化: 2·ͰSO3H + Na2B4O7 + 5H2O Æ 2·ͰSO3Na + 4·H3BO3
どうですかね?何かわかりましたかね?
そう。共に,ナトリウムを取り除いているだけですよね。除去機構も結果も全く違うのに,基本の反応は同じなんですよ。”Chemistry” なんですな。そして,上記の反応をちょいと視点を変えてみると,「アルカリ金属イオン = 金属陽イオン」を取り除いているということになりますね。
今回は,重金属イオンの除去をテーマにしましょう。
イオンクロマトグラフィの重要なアプリケーションとして「メッキ液の管理」があります。メッキ液中の陰イオンや有機酸イオンの濃度測定に用いられるんですが,高濃度の重金属イオンが入っていますので,そのまま注入すると分離カラムに大きなダメージを与えてしまいます。
試料中の重金属イオンによる妨害に関しては。「第拾壱話 ピーク形状の変形 -2」でお話ししていますが,直接注入を繰り返すとどのようになっちゃうのかを再度お見せしましょう。
図29-1は,高濃度 (具体的な数値は失念してしまいましたが数百ppm) の第2鉄イオン [Fe3+] を含む試料を連続注入したときの標準陰イオンのクロマトグラムです。たった20回でクロマトグラムが変になっちゃうんです。40回目では,リン酸イオンと硫酸イオンの判別ができなくなっています。60回目は,もうピークとは呼べませんね。
鉄イオンはアルカリ性溶液中で水酸化物になります。第2鉄イオンの水酸化物というと “Fe(OH)3” と思われる方が多いかと思いますが,実際には酸化水酸化鉄(III) [FeO(OH)] として存在しています (または,酸化水酸化鉄(III)と酸化鉄(III)水和物 [Fe2O3·nH2O] の混合物)。そして,この酸化水酸化鉄(III) が分離カラムの陰イオン交換樹脂に蓄積されてカラム性能が低下してしまうんです。鉄以外の重金属イオンも同様に,アルカリ性溶液中では水酸化物を形成し,図29-1に示すようなカラム劣化の要因となります。したがって,重金属イオンは事前に除去しておかねばなりません。
ちなみに,陽イオン分析では,サプレスト式では硝酸系溶液,ノンサプレスト式ではジピコリン酸 (DPA) が添加された酸性溶液を移動相として用いています。このような溶離液中では重金属イオンは陽イオンとして存在していますので,分離カラム内に蓄積されることはありません。ただ,高濃度の重金属イオン溶液を注入するとピークの変形 (溶出時間変動) が観察されることがありますので,可能な限り純水あるいは溶離液で希釈して測定してください。
図29-1のようなクロマトグラムになってしまった陰イオン分析用分離カラムは,高濃度溶離液や有機溶媒を用いる洗浄では性能は戻りません。重金属イオンが蓄積された陰イオン分析カラムの洗浄には,エチレンジアミン四酢酸 (EDTA) 等の錯形成剤 (キレート剤) を用います。そこで,図29-1の性能劣化カラムに50 mMのエチレンジアミン四酢酸二ナトリウムを通液してみました。二晩ほど送液したところ,ピーク形状は戻ったんですけど,保持時間が短いままで元通りにはなりませんでした。もっと早くに洗浄すれば,かなり戻るんですが・・・
さて,重金属イオンによる妨害,どのように対応しましょうかね?
何度も書きましたんで,もうお分かりですね。図はお見せしませんが,H+型の陽イオン交換樹脂が充填された固相抽出カートリッジに金属イオンを含む試料を通せばいいんですよね。陽イオン交換樹脂の陽イオン交換反応によって重金属イオンが吸着除去されるんですね。この方法では水素イオンが押し出されますんで,試料溶液のpHは若干酸性にシフトします。試料溶液を酸性側にシフトさせたくない場合には,Na+型の陽イオン交換樹脂が充填された固相抽出カートリッジを使ってください。
で・・・。話を最初に戻すと,SPM Rotor Aを用いればインラインで重金属の除去ができるってことなんです。図29-3に,SPM Rotor Aを用いるインライン重金属除去のイメージを示します。重金属塩 (MX2) がSPM Rotor Aに注入されると,重金属イオンは陽イオン交換樹脂に吸着され,陰イオンの対イオンは水素イオンになります。この溶出してきた陰イオンを,陰イオン分離カラムに注入すれば重金属イオンの影響を受けずに測定することができます。また,インライン中和の時と同様に,濃縮カラムに注入して濃縮するということも可能です。
重金属除去の場合も捕捉・除去機構は中和の時と同じなんですが,実際に使うためにはチョットした工夫が必要になります。SPM Rotor Aに注入された重金属イオンは,SPM Rotor A内に充填されているスルホン酸型陽イオン交換樹脂にしっかり捕捉されます。連続測定を行うには,この陽イオン交換樹脂の再生がポイントになります。通常,サプレッサの再生には硫酸が用いられますが,スルホン酸型陽イオン交換樹脂に捕捉された重金属イオン (多価イオン) は硫酸では脱離させることができません。スルホン酸型陽イオン交換樹脂に吸着した重金属イオンを確実に洗い出すには,重金属イオンと錯形成するような試薬を流さねばなりません。エチレンジアミン四酢酸 (EDTA) 等の錯形成剤 (キレート剤) を用いてもいいのですが,Metrohmではシュウ酸や酒石酸等の多塩基酸を用いています。また,多塩基酸と硝酸との混合溶媒を用いる場合もあります。
インライン重金属除去の達成可否は,SPM Rotor Aの重金属イオンの除去効率と繰り返し再現性にかかっています。そこで,重金属イオン800 ppm溶液 (試料注入量: 20 µL) をSPM Rotor Aに通し,その通過液をボルタンメトリーで測定してみました。尚,ボルタンメトリーにはMetrohmの797 VA Computraceを用いました。重金属除去率の測定結果を表29-1に示します。4種の金属イオン共に,除去率は99.9%以上でした。尚,重金属イオン含有試料をSPM Rotor Aに200回以上注入しましたが,重金属イオンの除去能力の低下は観察されませんでした。
表29-1 重金属除去デバイス (SPM Rotor A) における重金属除去率
インライン重金属除去システムの構成を図29-4に示します。「第貳拾漆話 マトリックス効果 -9」でお示ししたインライン中和システムと同じです。試料ループに溜められた試料溶液は純水で金属除去デバイス (SPM Rotor A) に送られ脱重金属されます。SPM Rotor Aからの溶出液を濃縮カラムで濃縮後,分離カラムに送ります。
図29-5に,銅イオンを0 ~ 400 ppm添加した混合陰イオン標準液 (各1 ppm) を,上記のインライン重金属除去システムで測定したクロマトグラムを示します。試料注入量は20 µLとしました。銅イオン濃度は硫酸銅溶液を添加して調製したため硫酸イオンは測定できていませんが,銅添加量が400 ppmであっても良好なピーク形状で陰イオンの測定ができています。溶出時間の変動も観察されていません。
表29-2に,図29-5のクロマトグラムと同一の条件で測定した各1 ppmの陰イオンの再現性評価結果を示します。リン酸イオン以外の陰イオンは相対標準偏差RSD%で1%以下と良好な結果でした。リン酸イオンは1.2 ~ 2%と,その他の陰イオンよりも2倍以上も悪い結果となりました。重金属イオンとリン酸イオンが相互作用することも知られており,その点を考慮するとかなり良好な結果であると判断できます。
表29-2 銅イオン添加溶液中の陰イオンの再現性 (RSD [%], n = 5)
最後に,実試料への適用例をお見せしましょう。図29-6は,硫酸銅ベースのソフトエッチング液中の塩化物イオンの測定例で,元液換算で0.5 ppmの塩化物イオンが検出されています。添加回収率は95%と良好でした。
今回は,試料前処理モジュール SPM Rotor A を用いた重金属除去の話でしたが,SPM Rotor A はまだまだいろんな使い方ができそうです。面白そうなアイデアがありましたらご提案くださいね。
それでは,また・・・
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