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今回はマトリックス効果の12回目で、濃縮カラム法を活用したマトリックス除去法 についてお話ししています。

シーズン4 その参拾(三十)

 

 

皆さん,こんにちはぁ~。変わりないですか?

ここ何回かで,濃縮カラム法と試料前処理モジュール SPM Rotor A を用いるマトリックス除去法について書いてきました。これらを使うトラブル解消法については,このシーズン-IVの前半部でも何回か登場しています。しかし,前半部は装置や分析条件に関わる話を主体としてきましたので,測定試料や前処理に関しては若干舌足らずであったかと思います。濃縮カラム法を活用するマトリックス除去法 (Matrix Elimination Method, ME法) については,「第拾壱話 ピーク形状の変形 -2」の後半部分で紹介しています。しかし,マトリックスによるピーク形状への影響という視点で書いていますので,この方法の原理や効果に関しては若干説明不足でしたね。

ということで,今回は濃縮カラム法を活用したマトリックス除去法 についての補足話です。ターゲットマトリックスは有機溶媒です。

 
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まずは,基本の復習からです。

「第貳拾伍話 マトリックス効果 -7」に,濃縮カラム法が成り立つ要件を書いています。そこの部分をもう一度書いておきます。

濃縮カラム法を成立させる要件は,「試料溶液マトリックス中に溶離剤となりうるイオンが存在してはいけない」ということですね。これを逆に見ていただくと,「溶離力がなく,濃縮カラムに蓄積されないマトリックスは濃縮カラムを通過してしまうので,(マトリックスの影響を受けずに) 測定対象イオンの濃縮が可能である」ということになりませんかね?

例えば,アルコール飲料を直接注入で測定する場合,エタノールの影響を受けずに陰イオンや陽イオンを測定することができますよね。厳密には,エタノールは分離カラムの基材樹脂との弱い疎水性相互作用により僅かに保持されますが分離には影響を与えません。また,アルコール飲料ですのでエタノール濃度も低く,試料注入量も少ないので分離カラムに影響を与えることはありません。

しかし,アルコール中のイオン測定となると,100%のアルコールを注入しなければなりませんし,高純度品などではイオン濃度も低いはずなので試料注入量を増やさなければなりません。最近の分離カラムは耐溶媒性が高くはなっていますので直接注入は可能ですが,有機溶媒の直接大容量注入となると,クロマトグラムへの影響だけでなく,長期使用によるカラム性能の低下も心配です。

表30-1に,身近な有機溶媒の溶解度 (g/kg H2O) とオクタノール/水分配係数Log Pを示します。一般に,Log Pが負の値の物質は水によく溶ける性質を持っています。一方,Log Pの値が大きいほど難溶性・脂溶性の性質を持ち,生体内に蓄積されやすい物質ということになります。

 

トルエンやヘキサンは全く水に溶けませんから,例え濃縮カラムであっても注入できません。このような水に溶けない溶媒中のイオン・塩を測定したい場合には,分液ロートを使って,純水を加えて激しく振とうし、水層にイオンを抽出しなければなりません。水層を分離カラムに注入すれば水と混ざらない有機溶媒中のイオンを測定できます。ただ,これらの溶媒だって極僅かですが水に溶けるんで,抽出した水は暫く静置後,固相抽出カートリッジを通した後に分析してくださいね。

一方,メタノール,エタノール,アセトニトリル,アセトン等は水とは完全混和ですので,これらの有機溶媒は分離カラムに直接注入しても良いということになります。通常分析の注入量は20 ~ 50 µLですので,直接注入しても大した問題は発生しないんですが,溶媒中に存在するイオン量はppbレベルですので,この注入量では精度良く定量することはできません。大容量注入法を用いれば何とか定量できるかもしれませんが,分離カラムの充填剤はポリマーですので有機溶媒によって膨潤します。高価な分離カラムへの負荷を少なくし,性能低下を防ぐためには,純水や溶離液で希釈して注入するのが好ましいのですが,希釈すると濃度が低下して目的を達成できません。

ここで,濃縮カラム法を用いるマトリックス除去法 (ME法) の登場ということなんです。

マトリックス除去法 (ME法) に関しては,「第拾壱話 ピーク形状の変形 -2」に紹介していますし,「第貳拾捌話 マトリックス効果 -10」でも図 (図28-3) を用いてその原理を説明していますのでもう一度そちらを見ていただきたいと思います。

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図30-1に,インラインマトリックス除去システムの構成を示します。「第拾壱話 ピーク形状の変形 -2」の図11-7では濃縮カラムがCounter-Currentで接続されていませんでしたので,修正しました。すみませんでした・・・

図30-1 インラインマトリックス除去システムの構成 a) sample processor, b) pure water, c) ion trap column, d) transfer coil, e) ion trap column, f) pure water, g) six-port valve, h) concentrator, i) eluent, j) eluent pump, k) separation column, l) column oven, m) suppressor, n) CO2 suppressor, o) conductivity detector cell

インラインマトリックス除去システムを用いて,汎用の極性有機溶媒であるイソプロピルアルコール (IPA) とアセトン中の陰/陽イオンを測定しました。図30-2及び図30-3にクロマトグラムを示します。濃縮カラム (マトリックス除去カラム) には高容量のMetrosep A PCC 2 HC/4.0及びMetrosep C PCC 1 HC/4.0を用い,各有機溶媒1.5 mLを濃縮カラム (マトリックス除去カラム) に通液して陰イオン及び陽イオンを濃縮後,純水を2 mL通液して残存有機溶媒を洗い出し,バルブを切り替えて分離カラムに注入しました。陰イオン及び陽イオンの定量結果を,それぞれ表30-2及び表30-3に示します。

検出された陰イオンはイソプロピルアルコール (IPA) とアセトンで異なっていましたが,すべてsub-ppbレベルと非常に低濃度でした。一方,陽イオンのほうはほぼ同じイオンが検出されました。ここで,”TMA” はトリメチルアミンです。イソプロピルアルコール (IPA) とアセトン共に,アルカリ金属イオン及びアルカリ土類金属イオンの濃度はsub-ppbでした。イソプロピルアルコール (IPA) ではアンモニウムイオンとトリメチルアミン (TMA) の濃度もsub-ppbでしたが,アセトン中のアンモニア濃度は比較的高く22 ppb,トリメチルアミン (TMA) 濃度も8.6 ppbでした。これらの陽イオンはケトンやアルデヒドと親和性が高いため,アセトン中に取り込まれているのかもしれません。また,アセトンの製造工程との関係から残存している可能性もあるのかもしれません。けど,残念ながら,私には詳細はわかりません。悪しからず・・・

図30-2 イソプロピルアルコールとアセトン中の陰イオンのクロマトグラム
図30-2 イソプロピルアルコールとアセトン中の陰イオンのクロマトグラム
図30-3 イソプロピルアルコールとアセトン中の陽イオンのクロマトグラム

上に示した通り,水と全領域で混和する極性有機溶媒は,濃縮カラム法を用いるマトリックス除去法 (ME法) を用いれば有機溶媒中の微量イオンを定量することが可能です。これらの有機溶媒は,濃縮カラム (マトリックス除去カラム) の充填剤を過剰に膨潤・収縮させることはありませんので,多量に注入しても性能劣化を引き起こすことはありません。また,濃縮カラムの充填剤との疎水性相互作用もほとんどないため,純水の通液で残留した有機溶媒を除去することができます,

ここで,もう一度表30-1を見てください。酢酸メチル,酢酸エチル,ジエチルエーテル,メチルエチルケトン及びメチルイソブチルケトンは,部分混和ですので水と混ぜると相分離してしまいます。イオンクロマトグラフィの分離や濃縮に用いられるイオン交換樹脂は,多数の細孔を持つ多孔質ポリマー粒子でできており,ほとんどのイオン交換基はこの細孔内に存在しています。試料である有機溶媒が相分離してしまうと充填剤の細孔内には浸透できませんので,有機溶媒内のイオンを濃縮することはできません。有機溶媒内のイオンを濃縮するには,純水で希釈して均一な混合溶液にしなければなりません。例えば,メチルエチルケトン及び酢酸エチルの溶解度を “%表記” にしてみると約22%と約8.7%ですので,それぞれ純水で5倍及び15倍希釈すれば均一な溶液になります。

ということで,酢酸エチルを純水で20倍希釈して陰イオン分離カラムに直接注入 (20 µL) してみました。図30-4に示す通り,陰イオンは酢酸エチルに基づくと思われる巨大ピークに埋もれてしまって見えません。標準液を添加した酢酸エチルを測定してみると,溶出時間に僅かなズレがありましたがすべて検出されました。けど,この状態では陰イオンの定量は到底できませんね。

図30-4 純水で20倍希釈した酢酸エチルのクロマトグラム (直接注入)

そこで,マトリックス除去法 (ME法) を用いて,純水で20倍希釈した酢酸エチル (試料注入量:100 µL) を測定しました。濃縮カラムに注入して陰イオンを捕捉後,純水4 mLを送液して残存した酢酸エチルを洗浄しました。図30-5に結果を示しますが,酢酸エチルに基づくと思われる巨大なピークはなくなり,ブランクも良好で,ppbレベルの陰イオンを検出することができました。ただ,硫酸イオンのところの「瘤」は酢酸エチルに基づくもので,濃縮カラムの純水洗浄量を増加しても解消させることはできませんでした。尚,前のほうの大きなピークは主に酢酸イオンに基づくもので,すべてが酢酸イオンであるとして定量すると540 ppbに相当します。

図30-5 マトリックス除去システムを用いる酢酸エチル中の陰イオンの測定
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上記の通り,酢酸エチル中の陰イオンは純水で20倍希釈して濃縮カラムに注入することにより,何とか定量できることが判りました。この結果を受けて,ジエチルエーテル及びメチルイソブチルケトン (MIBK) 中の陰イオンの測定を試みました。ただ,メチルイソブチルケトン (MIBK) の溶解度は僅か19.1 g/kg (約1.9%) ですので,均一な溶液にするには50倍以上希釈しなければなりません。これでは定量精度が不安です。

そこで,水–アセトニトリル混合溶媒で希釈することとしました。酢酸エチルとジエチルエーテルは20%アセトニトリル,メチルイソブチルケトン (MIBK) は50%アセトニトリルで,それぞれ20倍希釈して測定しました。結果は図30-6に示しますが,アセトニトリルを用いても酢酸エチルにおける硫酸イオンのところの「瘤」を消すことはできませんでした。溶解度の低い有機溶媒の場合には,洗浄液にも水–アセトニトリル混合溶媒を用いる必要があるかもしれません。

図30-6 マトリックス除去システムを用いる酢酸エチル,ジエチルエーテル 及びメチルイソブチルケトン中の陰イオンの測定

酢酸エチル,ジエチルエーテル及びメチルイソブチルケトン中の陰イオンの定量結果 (5回の平均値,元液換算) を表30-4に示します。また,図30-5の条件で測定した結果も併せて示します。アセトニトリルを加えたことによるコンタミネーションを気にしていたのですが,酢酸エチルでは,純水希釈と20%アセトニトリル希釈の定量値はほぼ一致,むしろ20%アセトニトリル希釈のほうが若干低いくらいであり,良好に測定できているものと考えます。また,ジエチルエーテル及びメチルイソブチルケトンの定量値も酢酸エチルと概ね同等でした。

今回は20倍希釈,100 µL注入で測定しましたが,汚染の生じにくい極性有機溶媒を用いて希釈すれば,希釈倍率を下げる,試料注入量を増加することが可能と思われますので,さらに微量の陰イオンの測定が可能となるものと考えています。また,陽イオンの測定においても極性有機溶媒を用いる希釈は有効だと思います。

 
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今回は,「第拾壱話 ピーク形状の変形 -2」の後半部分で紹介した濃縮カラム法を活用したマトリックス除去法 (Matrix Elimination Method, ME法) による有機溶媒マトリックスの除去法の補足話でした。いつもいつも話が長くなり,「何とか短くしなければ・・・」なんて考えて書いているのですが,無駄話が多いくせに,肝心な話を飛ばしてしまうなんて情けないですな。若干長くなってもかまわないはずなのですが,つい忘れてしまうことがありますな。歳のせい,ということにしてください。

それでは,また・・・

 

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