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イオンクロマトグラフで溶離液の種類を間違って流すとカラム内で何が起きるか?陽イオン用と陰イオン用の溶離液を間違えて流した際のトラブル解決方法について、ご隠居さんが解説します。

 

シーズン1 その拾漆(十七)

「ご隠居さんはご在宅ですかな?」

「はい,はい。おや,音羽の。どうかなされましたか?まぁ,お上がりくださいな。」

「いやぁ〜。Metrohm さんに顔を出したんだけど,JASIS (旧分析機器展&全科展) の準備とやらで誰も相手にしちゃくれない。音羽に帰るのも癪なんで,千駄木のご隠居とこにって訳ですよ。隅田川の花火も終わって浅草も落ち着いたと思うんで,神谷バーにでもどうですかね?」

「そうですかぁ。そりゃ,ご苦労様ですね。神谷バーもいいですけど,うちでじゃいけませんかね?今朝,若狭の小浜から,鯖の浜焼きと小鯛の笹漬けが届いたんですよ。小浜の傍には昔なじみがおりましてね。ぐじ (甘鯛) の干物も入っていましたよ。皆,旬の時期もんですよ。」

「鯖にぐじですかぁ〜。そうと聞いちゃ,浅草どころじゃないね,ご相伴に預かりたいですな。」

「年寄り一人じゃ食べきれませんから,どうしようかと思ってたんですよ。」

「それじゃ,こちらも種を明かしましょうか。実は,先月のツケってんで,Metrohm の寛さんがね。法事で富山に帰ったついでに『成政』と『勝駒』を買ってきてくれたんですよ。四合瓶を二本。Metrohm さんにはこれを貰いに行ったって訳ですよ。」

「そうですか。一気に酒と肴が揃いましたね。それでは,早速はじめましょうかね。」

 

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「ところで。Metrohm の寛さんは,ちょくちょく音羽に顔を出すんですか?」

「昔程じゃないけどね。時たま,銭形平次の八五郎みたいに,「大変だぁ〜」ってな感じで飛び込んでくるんだな。随分慣れたみたいだけど,まだまだ判らんことだらけみたいですな。」

「そうですか。この世界は,亀の甲より年の功的なところが多いですからね。そういやぁ,二三日前に,音羽の隠居が見つからないってうちに来たんですよ。お客様が溶離液を間違えて流してしまったけど,どうしましょうって。私はカラムのほうはとんと判らないんで,とりあえず代品を出しといて,後は音羽の隠居に聞きなさいって話したんですけど,,,行きましたかな?」

「あぁ。さっき聞かされちまいましたよ。陽イオンの溶離液を陰イオンのカラムに流したって奴でしょ。ゆっくり話をしてやろうって云ったんだけど,分析展の後にでもってんですよ。一寸,失礼しちゃうよね。」

「そうですか。大丈夫だったんですかね。でも,カラムなんて,そう簡単には壊れはしないですよね。変な試料を注入しても大丈夫なんですから,溶離液くらい違っていても平気ですよね。」

「いやぁ〜,とんでもない!カラムってのは,私みたいにとっても繊細なんで。」

「音羽のみたいに???」

「繊細ですよ〜っ!一寸くらいって奴がとんでもないことになっちまう。いい結果が欲しけりゃ愛情と労りをもって接してあげなきゃ!千駄木のご隠居相手に説明してもしょうないけど,,,」

 

ICのカラムには,イオン交換樹脂が充填されていることはご承知ですな。

充填剤の作り方については,本コラムの「その伍」に説明した通りですよ。IC用充填剤の基材には合成高分子やシリカゲルがあるけど,陰イオン分析では主にアルカリ性の溶離液が使われるんで,耐アルカリ性が高い合成高分子系の基材 (ポリスチレン,ポリビニルアルコール,ポリメタクリレート等) です。この基材表面に陰イオン交換基が導入されているんですな。

このような充填剤を充填した陰イオン分析用に,陽イオン分析用の溶離液を流してしまうとどんなことになると思いますか?
代表的な陽イオン分析用の溶離液は硝酸 (HNO3) ですな。硝酸イオンは陰イオン分析の測定対象ですんで,多少流したって何てことないと思っていませんか?とんでもありません。何てこと無いどころか,大ありです。イオン交換基には常に何らかの対イオン (たいいおん) がくっついているんだが,対イオンの種類によってイオン交換樹脂の大きさが変化しちまうんだよ。いわゆる,対イオンによる膨潤・収縮って奴だ。例えば,炭酸系溶離液を使っている場合には,充填剤の陰イオン交換基 (一般に,第四級アンモニウム基ですよ) の対イオンは,炭酸イオン (CO32-) あるいは重炭酸イオン (HCO3) になってる。ここに,硝酸が流れてくるとすると,陰イオン交換基の対イオンが硝酸イオン (HNO3) に入れ替わっちまう。一般に,陰イオン交換樹脂は,対イオンが炭酸イオンの時は膨らんでいるんだが,硝酸イオンになると縮んでしまうんだ。

充填剤が縮むってことはどういうことかというと,折角均一に詰まっていたカラムに隙間ができてしまうってことなんだよ。隙間があれば,注入された成分はその隙間で拡がっちまって,成分同士の分離が悪くなってしまう。カラムがパーってことです。お判りですかな?

その他,陽イオン分析用の溶離液には,ジピコリン酸 (その拾伍参照) やクラウンエーテル18-crown-6 (その拾参) なんかも添加するんだけど,これらも悪さをします。ジピコリン酸は芳香族の2価イオンなんで,陰イオン交換樹脂に強く吸着して,陰イオン分析用の溶離液に戻してもなかなか出てこない。クラウンエーテルは疎水性相互作用で吸着する。特に,ポリスチレン基材の陰イオン交換樹脂には強く吸着するんだ。

どうですか?陰イオン分析用カラムに陽イオン分析用の溶離液を流してしまうと,隙間ができて性能が落ちたり,陽イオン分析用の溶離液の成分が吸着して分離パターンが変わったり,,,ってことになるんです。
さぁ〜て,どうしましょうかね?

溶離液を間違えたと思ったら,直ぐにポンプを止めて,カラムの入口配管を外し,そして,直ぐにカラム入口にプラグをしてくださいな。陰イオン分析用の溶離液を作り直したら,カラム入口までの配管をその溶離液で十分に置換してください。置換ができたら,溶離液の流量を通常の半分以下 (0.3〜0.5 mL/min) にして,カラムを逆に繋いで,入り込んじゃった陽イオン分析用溶離液を十分に洗い出す。この時,サプレッサへの配管は外して,10 mL位を通液する。その後,カラムを正規の方向に接続し直して,流量はそのままで新しい溶離液で完全に置換する。溶離液がちゃんと置き換わったかは,電気伝導度の値を見りゃ判断できますね。電気伝導度が正規の状態だと確認したら,正規の流量に戻し,ベースラインが安定したところで,標準試料を測定してクロマトグラムを確認してくださいな。クロマトグラムに大きな異常が無く,理論段数もほぼ妥当な値であればカラムは無事っていうわけですよ。

ジピコリン酸やクラウンエーテルを添加した溶離液を流しちゃった場合には,もう一工夫が必要かも知れませんな。というのは,此奴等は疎水性吸着するんで,標準的な溶離液では簡単には流れ出てこない。こんな時は,アセトニトリルを添加した陰イオン分析用溶離液を流して,十分に洗浄した後,性能チェックをしてくださいな。アセトニトリルを添加する濃度は,各カラムの取説に書かれている範囲ですよ。

これらの操作をしても,標準試料の分離が悪くなっていたら,残念ながらカラムはお釈迦です。新品に変えるしかありませんね。残念ですが,諦めてくださいな。

ということで,溶離液の間違えにはくれぐれもご注意くださいな。何事も確認第一ですよ!

 

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