イオンクロマトグラフィで油を分析をする場合、試料の油類からイオンを抽出する必要があります。イオンクロに限らず、試料から油分を抽出する前処理方法を基本から注意点まで、ご隠居さんがわかりやすく解説しています。
シーズン1 その拾捌(十八)
やっと涼しくなりましたね。こないだの颱風が熱気を一気に吹き飛ばしてくれたんですかね。
颱風の日にゃ,昔仲間と新橋にいたんですけどね。久々の直撃ってんで,端は結構面白がっていたんですが,,,夕方近くにはこりゃいけねぇなって思ったんで,直ぐに居酒屋に飛び込みましたよ。電車が動き出すまで,駅で何時間も立ちん坊じゃ堪りませんからね。こんな時は,まず飲み屋で一杯ですよね。飲み屋は何処も彼処も満員だったかも知れません。
私はいい判断だと思ってたんですけどね。後で考えりゃ,地下の飲み屋だったんで,水が入り込んできたらイチコロだったんかも知れません。そろそろお迎えだっていっても,地下の飲屋街で土左衛門てんじゃあまりにも形が悪いよね。都心部は怖いですな。何処に危険が潜んでるんだか,,,
ところで,Metrohm さんのJASIS(旧分析展、全科展)はどうだったんかね?その後の学会のほうも無事終わったんかいな?困った時しか顔を出さないね。愛想のない奴らだ。誰も来ちゃくれないだろうから,こちらから出向きますかね。
「ごめんなさいよ!番頭さんはおいでかい?」
「あっ,音羽のご隠居さん。ご無沙汰です。」
「ご無沙汰じゃねぇよ。一月以上も,音沙汰無しだ。梨の礫だよ!」
「面目ないです。いぇね。学会終わったら直ぐにって思ってたんですが,うまくいきゃ直ぐに買ってくれるってお客がいましてね。データを採ったり,あちこち走り回ったりで,,,」
「ふ〜ん。仕事じゃ仕方ないけど,,,で,決まったんかい?」
「それが,,,油だってんで,水抽出したデータを出したら結構気に入ってくれたんですが,再現性は?っていわれてやってみたら今一なんですよ。そこにきて,油の依頼がもう一つ来て,,,」
「油ですか。で,どんな油何だい?」
「一つは,機械油だと思うんですよ。一寸粘りがありますんで,,,もう一方は,食品会社だから天ぷら油か何かじゃないですかね,,,」
「機械油に,天ぷら油ですか。機械油のほうは塩化物イオンに陽イオンだろ?天ぷら油のほうは3-MCPDの件があるから,塩化物イオンってとこかな?どうですか?」
「ご名答!確かにその通りです!けど,3-MCPDって何ですか?」
「クロロプロパノールの一種で,発ガン性が疑われているんだ。採り続けると腎機能障害を引き起こすらしいって云われていますね。農林水産省や厚生労働省では実態調査をしていますよ。」
「そうですか〜。で,肝心な測定のほうですが。どうすりゃいいですかね?」
「あっ,そうですね。それじゃ,少し考えてみましょう。」
油類からのイオンの抽出は適量の純水を加えて抽出すればいいんですが,幾つか注意すべき点がありますよ。一つは,油と純水との量の比率,もう一つは抽出のための攪拌方法です。さらに,純水以外の抽出液を試すということも重要ですね。また,潤滑油等の粘度の高い油や,グリース等の半固形油の場合には,水とうまく接触できませんから,何かで薄めなきゃできゃしません。
油に限りませんけど,前処理は基礎的な検討をしっかりやっておかなきゃいけないんですよ。
まず,油自身の前処理ですが,粘り気が大きい場合には油が水相に均一に分散しませんので,有機溶媒で希釈しなければなりません。有機溶媒は,油を溶かし,水に溶けないものじゃないといけません。トルエン,キシレン,ヘキサンなんかがいいですね。クロロホルムは色んなものを溶かすし,重いから上澄みを採れるんで,操作性はいいんですけど遊離の塩素があって塩化物イオン濃度が高く出てしまうから,陰イオン分析には使ってはいけません。ということで,まずはトルエンで希釈っていうことになりますかね。希釈率は油自身の性質にも依存しますけど,蜂蜜のようじゃ困ります。さらさらって訳にぁいきませんけど流動性のいいように希釈して下さい。
抽出液量のほうは,一般には油の量の2〜5倍量の純水で行いますね。どの位で抽出率 (量) が一定になるのかが判りませんので,2〜10倍量の範囲で純水の量を変えて基礎実験をして下さい。グラフを書いて抽出率 (量) が一定になる純水量を決めてくださいね。相手が油なので添加回収試験ができませんから,この実験が重要になりますよ。
抽出には分液ロートを用います。分液ロートの中に油を入れ,規定量の純水を入れて一生懸命攪拌します。油の粒を如何に小さくできるかが抽出の決め手です。この操作が再現性を決めてしまうんで,決して手を抜いてはいけません。結構疲れますが頑張ってやってください。攪拌後,静置して油を浮かせ,水層を分離してください。但し,一回で十分抽出できるとは限りませんから,抽出回数を調べることも基礎実験の項目の一つです。必ず確認してください。抽出操作が3回必要ってことだったら,3回分の抽出液を混合して測定試料にするんですよ。いいですね。
分液ロートの他には,ビーカーに入れてスターラーで回すなんてのもありますが,水に浮く油の場合には油滴が小さくならないんで効果的じゃないですね。クロロホルム希釈の場合には下に沈むんで,うまく行く場合もありますけどね。
ホモミキサー (ホモジナイザー) を使うっていう手もあります。これだと,油を10 µm以下の粒子にすることができますし,タイマーを使えば抽出時間を一定にすることも簡単です。けど,分散後の状態はマヨネーズみたいになってしまいますんで,油層の分離に時間がかかるっていうのが難点ですかね。けど,水との接触面積が大きくなるんで,抽出率は上がりますよ。持っているんなら,一度は試しておくべきですな。
基本は上に書いた通りで,純水抽出です。しかし,抽出率を上げるためには液性を変えてみるのもいいと思いますね。陰イオンの場合には水酸化ナトリウムや水酸化アンモニウムを少し加える,陽イオンの場合には硝酸を少し加えるといいかも知れません。
抽出液をアルカリにすると有機酸のイオン性が高まって,抽出率が上がるはずです。但し,植物油や動物油の場合にはアルカリで鹸化してしまうんで,アルカリ濃度を高くしてはいけません。せいぜい0.05〜0.1%に抑えておくべきです。鉱油の場合には問題ないと思いますが,,,
陽イオンの場合には,硝酸を加えたものを使うべきだと思います。ナトリウムやカルシウム等の金属は粒子状で入っていると思いますんで,これを溶かさなきゃ抽出できません。必ず試してみてくださいね。そうだ!陽イオン分析の溶離液は,ジピコリン酸-硝酸ですよね?ってことは,溶離液で抽出するっていうのもいいかも知れません。残念ながら,これはやったことがないんですが,結構いけるんかも知れませんね。興味ありますねぇ〜。やってください。
こんな実験を丁寧にやれば再現性のいい条件を見つけられますよ。
あっ,そうそう。抽出液は逆相型の固相抽出カートリッジを通してから,カラムに注入してくださいよ。油滴が残っている可能性がありますんでね。当然だが,固相抽出カートリッジは純水 (20〜50 mL) で十分洗浄した後に使うんですよ。また,ガードカラムも忘れず付けてください。
最後に分析条件なんですけど,,,上に書いた通りにやるとかなり濃度が薄まってくると思うんですよ。通常の条件では検出下限ぎりぎりになってしまうかも知れません。ということで,注入量を大きくするつもりでいてくださいね。200 µL位は,,,ひょっとすると500 µL必要かも知れませんよ。そうそう,溶媒ブランクや操作ブランクの試験も忘れずにね。
Metrohm の皆さんは,これから早速実験だそうです。今日の所は寂しく一人で帰りましょう。仕事大事はいいことですね。若い内に,一杯仕事して,一杯失敗しておくと,後々大きな財産になりますからね。私だってやるときゃやったつもりなんだけど,もう少しきちんとやっときゃ良かったかななんて思うことがありますよ。この歳になって悔やんでもしょうがないんですが,,,このまま帰るってのも,何か虚しいね。そうだ,千駄木のご隠居んとこにでも行って昔話でもしてきますかね。はて,酒屋は何処だったかな,,,
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