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イオンクロマトグラフ (IC) に検出器として質量分析計 (MS) を接続した、IC-MSの原理から応用までをご隠居さんがわかりやすく解説しています。

 

シーズン1 その拾玖(十九)

「ごめんくださぁ〜い!ご隠居さんはおいでですか?」


「は〜い。やぁ,寛さんじゃないか。何か用かい?」

「実はね。音羽のご隠居がまた居所知れずで,,,何度電話しても出ないんで,何かあったかと見に行ったんですが,,,留守でした。何処に行ったかご存じじゃないですかね?」

「音羽のがまた見つからないのかい?私ゃ,見張ってる訳じゃないんだから,知るわきゃないよ!今年は,きちんと続くと思ってたんが,また放浪癖が出ましたかね。新蕎麦の時期だから,蕎麦っ喰いかな?会津か,信濃か,木曽ってところかな?あぁ,足利や金砂郷ってのもあるね。」

「そうですか〜。じゃ,千駄木のご隠居さんでいいんですけど,,,」

「何だいそりゃ。「じゃ」とか「で」ってのは,,,まぁ,いいや。で,何だい。」

「実はね。マスの話なんですが,,,時々聞かれるんですが,役に立つんですかね?」

「マスって,質量分析計のことかい?そりゃ,便利にゃ便利なんだけど,イオン分析だと用途は限られちゃうね。そういや,Metrohm さんも持ってるだろ?寛さんは使わして貰えない,,,まぁ,そうだろうね。私も昔に少し弄りましたんで,触り位でよければ話しましょうかね。」

 

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質量分析計 (MS) の話に入る前に,一寸お浚いですよ。

ICで最も使われている検出器は,電気伝導度検出器 (CD) ですね。CDってのは,イオンとして根本的な電気を通すって云う性質を利用して検出していますよね。非イオンは検出しない。だからこそICの検出器に使われているんですよね。けどね,イオンがいるってことは判るんですが,どんなイオンがいるのかってことは判らないんですよ。つまりね。CDはイオン分析で汎用性はあるけど,選択性は乏しく,定性する能力を備えていないんです。定性は,カラムから出てくる時間だけに頼っているんです。

ICで比較的よく使われるものに紫外吸収検出器 (UVD) がありますね。硝酸イオンや亜硝酸イオンの定性・定量に使われます。UVDでは,塩化物イオン,リン酸イオン,硫酸イオンは応答しないので,CDよりは選択性が高いといえます。しかしね。検出波長は200〜220 nmですんで,決して選択性が高いとはいえないんです。多くの有機物はこの波長領域に吸収を持っていますからね。ということで,UVDでも定性は保持時間に頼らざるを得ないんです。

さて,MSですが,MSは,測定対象をイオン化して,その質量数/電荷比 (m/z) で検出します。どういうことかというと,測定対象の分子量情報を得ることができるんです。クロマトグラムと共にMSスペクトル (図1) を得ることができます。同位体の比率も判りますから,保持時間の情報と併せれば確実な定性ができるって云うわけです。上にも書きました通り,無機物を中心としたイオン成分は,光吸収性にも乏しく,クロマトグラム上での定性は保持比に大きく頼らざるを得ませんので,MSの定性能,分子構造情報は大きな魅力です。

こんな風に書いてしまうと,直ぐにこれからはMSだなんて云って騒ぐ方が出てきちゃうかも知れませんが,MSを使う上では色んな制限がありますし,値段だって馬鹿になりませんからね。

MSで重要なのは,測定対象をイオン化するためのイオン化法です。いろんなイオン化法がありますが,エレクトロスプレーイオン化法 (ESI) ってのが,イオン成分のイオン化法として最適だって云われています。ESIは,高極性不揮発物質を効率よくイオン化できるんで,無機イオンや有機酸イオンのイオン化に向いているそうです。

ESI-MSを買って,ICに繋げれば直ぐにMS検出-イオン分析ができるかって云うとそうじゃない。結構厄介な問題があります。第一に,MSの部分に入れられる溶液の種類に制限があるんです。HPLC程じゃないけど,ICでも色んな溶離液を使いますよね。実はほとんどの溶離液がMSに導入できないんです。陰イオン分析では,炭酸ナトリウムや水酸化カリウムなんかを使いますよね。この,ナトリウムやカリウムはMSに入れられないんです。陽イオン分析だって,ジピコリン酸 (2,6-ピリジンジカルボン酸) は駄目ですね。困りましたね。

こんな時,サプレッサが役に立つんです。陰イオン分析で使われるサプレッサって云うのは,溶離液中のナトリウムを取り除いてバックグラウンド電気伝導度を下げているんですよね。つまり,サプレッサを通過した液は,炭酸が溶けている水に過ぎません。これですと,MSに負荷がかからないので,導入することが可能です。さらに炭酸サプレッサを付けてあげると,炭酸に基づくバックグランドも下げられます。それじゃ,陽イオン分析はっていうと,硝酸は低濃度であれば直接導入できます。通常のICで使っている濃度なら問題はありません。また,アセトニトリルのような有機溶媒を溶離液にある程度添加したほうが,安定して,かつ高感度に測定できるって云われています。

ESIは比較的ソフトなイオン化法だそうです。ESIで生成するイオンは,ポジティブ (正イオン検出) モードでは測定対象イオン (M) にH+が付加したMH+です。また,ネガティブモード (負イオン検出) ではH+の外れた (M-H)が主な生成イオンです。一般に,MSでは,元の分子が壊れてフラグメントイオンができますので,フラグメントイオンを使って分子構造解析をすることができます。しかし,ESIでは元の分子に基づくイオン (親イオン) が主な生成イオンですので,分子構造解析には向いていません。そこで,最近はMS/MSなるものが使われています。ESIで生成させたイオンに電子を当て,衝突解離によってフラグメントイオンを生成させるって方法です。この方法を使えば,分子構造情報を得ることができます。

次ぎに,MSはどんな分析に使えるかっていう話ですが,一般にバロゲン原子 (フッ素を除く) や窒素を持っているものはイオン化しやすく,比較的高感度に検出することができます。例えば,塩素酸や過塩素酸,消毒副生成物であるハロゲン化酢酸,硝酸や亜硝酸,アミン類などです。逆に,リン酸やフッ素化合物はイオン化されにくくて,高感度検出はできません。

最後に,Metrohmさんが持っているデータをいくつかお見せしましょう。

下図に,ジピコリン酸を添加した溶離液で一価二価陽イオンを同時分離したクロマトグラムを示します。ここでは,ジピコリン酸を0.7 mM添加しています。添加量をさらに高くすれば,Ca2+の溶出時間は短くさせることが可能です。ここで,一寸注意しておかねばならない点があります。一般に,クロマトグラフィでは温度を高くすると保持は短くなるということはご存じですよね。しかし,ジピコリン酸を添加したときのCa2+の保持は,温度を高くすると逆に大きくなります。これは,温度の上昇によってジピコリン酸との錯体が作りにくくなってきて,Ca2+という二価イオンとして存在している比率が高くなってしまうためです。

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何となくお判りになりましたかな?有機物の分析においては,MSは素晴らしい検出器なんですけど,無機物などのイオン分析には究極の検出器とはなりません。使用目的をよく考えて導入を検討して下さいね。ここでお話ししたMSの他にICP質量分析装置 (ICP-MS) 何てものもあります。ICP-MSは金属の検出に有効でヒ素やセレンなどの検出に利用されています。この話はいずれまたの機会に,,,

 

※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。

 

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