イオンクロマトグラフィのクロマトグラム上で保持時間が変動してしまう原因には、①ポンプ ②液漏れ ③カラム ④試料中の夾雑成分 ⑤溶離液 ⑥温度 ⑦試料注入量 などがあります。ご隠居さんがその解決方法を解説します。
シーズン1 その貳拾(二十)
「ごめんくださいよ。何ですかぁ〜?また,トラブルですかね。」
「音羽のご隠居さん。急に呼び立てしてすみませんね。今日は久々にみんなが集まったんで,ご隠居さん達を呼んで,何処かに行こうかって話になったんですよ。」
「ほぉ〜。清さんも,お真樹さんもいるんですか。久しぶりだけど,据え付け巡業も一段落したんだね。ん。今『達』って云ったね。千駄木の隠居もですか?」
「そうですよ。夕方には来ると思いますが,,,米久でもってことにしてるんですが,,,」
「米久はいいけど,何もこんなに早く呼び出さなくてもいいんじゃないかな?夕方までにはまだ随分あるよ。まぁ,いいか。皆が終わるまで,清水の観音様でもお詣りしてきますよ。」
「駄目ですよ,何処か行っちゃ。少し相談があるんですから。」
「何だい。トラブル対応しなきゃ,米久に連れてかないってことですか?。」
「トラブルじゃなくて,一寸お勉強です。お願いしますよ。米久が待ってるんですから,,,」
「何か変だな。まぁ,いいか。で,何の話だい?」
「保持時間変動の話ですよ。保持時間が動く原因って,ポンプとか色々あるんでしょうけど,一通り説明してくれませんか?お勉強ですんで,基本的なところからお願いします。」
「保持時間変動の原因ですか。う〜ん。夕方まで随分時間があるし,だだ待っているのも何ですからね。前に話したかも知れませんが,一寸長くなりますけどいいですかね。」
電気伝導度の特性を考えると,希薄溶液じゃ単純に濃度に比例すると考えていいから,サブppm程度の検量線はほとんど真っ直ぐっていっていいはずですよね。ブランクがゼロであれば切片はほとんどゼロになりますし,ブランクがあればプラスの切片です。こりゃ,当たり前ですな。
今回の件と直接関係あるかどうか分かりませんが,検量線によって切片がどうなるかを幾つか考えてみましょうかね。その前に,まず一般的な多点検量線の御浚いですが,,,
① 濃度レベルは,測定試料の濃度を挟むように5〜7点とする
※ [1, 2, 5, 7, 10] あるいは [1, 3, 10] なんて濃度レベルにするといいですね!
② 濃度範囲は1〜1.5桁程度とする
③ 検量線試料は段階希釈法で調製する
④ ブランクテストをした場合にはブランク値を入れる
⑤ 上記の値を回帰し,得られた回帰線を検量線とする
⑥ 特別な場合を除き,基本的には直線回帰とする
ということで良かったですかね?
まずは,検量線が曲がっていた場合にどうなるかを考えて見ましょうかね。
二次曲線で,切片がほぼゼロになるような検量線を書いてみました (図1)。左が上に凸の検量線,右が下に凸の検量線です。共に,濃度が1.0の時に,面積値が10になるようにして書いてあります。このような検量線を直線回帰してみると,上に凸の場合には切片はプラスになります。このような上に凸の検量線は高濃度領域の時の場合ですよね。このような場合には切片を気にせず,目的濃度を挟み込む狭い検量線を作って定量する,あるいは二次曲線の検量線で定量するんでしたよね。一方,下に凸の場合にはマイナスの切片になります。こんな極端なことは実際にはありませんが,測定イオンによっては僅かに下に凸となる場合があります。このような場合も同様に,直線と見なせる部分だけを利用するか,二次曲線を使うと云うことになりますね。
お客様の場合はどうなんですかね?図1右のような二次曲線的な検量線だったら,対応策ははっきりしているから問題はまったくないですよね。問題解決ですな!これで,いいですか?
いかがですか?検量線の作成と取扱いのとこはお判りでしょうか?
もう一つ,見落としてはならない重大な問題がありますよ。それは溶離液の汚染です。溶離液中に測りたいイオンと同じイオンが混じっていると,そのイオンの面積値が正しく出てきません。汚染されているのでピークが高く出るかと思いがちですが,実際には面積値は小さくなってしまいます。純水を注入してみると分かるのですが,汚染されているイオンが溶出する位置にマイナスピークが出てきます。図3に,塩化物イオンを添加した溶離液を使用した場合の標準液と純水を注入した時のクロマトグラムを示します。どうですか?塩化物イオンの所にマイナスピークがあるでしょ!このようなピークをベイカントピークって呼ぶんです。ベイカントピークの発生機構は若干難しいのでここでは説明しませんが,こんな状態では標準液のピークが小さくなってしまうが分かりますよね。つまり,検量線の相関係数 (決定係数) が良好な直線であっても,切片は否応なしにマイナスになってしまうんですよ。お判り頂けましたかな?
下図に,ジピコリン酸を添加した溶離液で一価二価陽イオンを同時分離したクロマトグラムを示します。ここでは,ジピコリン酸を0.7 mM添加しています。添加量をさらに高くすれば,Ca2+の溶出時間は短くさせることが可能です。ここで,一寸注意しておかねばならない点があります。一般に,クロマトグラフィでは温度を高くすると保持は短くなるということはご存じですよね。しかし,ジピコリン酸を添加したときのCa2+の保持は,温度を高くすると逆に大きくなります。これは,温度の上昇によってジピコリン酸との錯体が作りにくくなってきて,Ca2+という二価イオンとして存在している比率が高くなってしまうためです。
ということで,明日お客様の所に行ったら,①検量線のプロットを確認,②検量線用標準液の作り方を確認,③検量線の範囲を調節,④純水を注入してベイカントピークの有無を確認,っていうことをやってみて下さいね。宜しいですかね?
今日は,「困った時の神頼み」だっていわれちゃいましたけど,まだお迎えが来ていないんで,仏様にも,神様にもなっちゃいないんですけどね。まぁ,若いもんの助けになるんでしたら多少のことは我慢してあげましょうかね。
しかし,この暑さいつまで続くんですかね?「暑さ寒さは彼岸まで」っていいますけど,結構先は長いよ。Metrohm さんのある根津も大して遠くはないんだが,この暑さじゃ年寄りは直ぐに干涸らびて熱中症になっちまいますよ。ということで,家に閉じこもっていますんで,暫くは音羽のほうまで足を延ばしてくれるといいんですがね。えっ,家の中にいたって熱中症になっちまうって,本当ですかぁ〜?エアコンは好きになれないし,どうしたらいいんですかねぇ〜?
※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。
下記資料は外部サイト(イプロス)から無料ダウンロードできます。
こちらもぜひご利用ください。
- イオンクロマトグラフ基本のきほん 歴史編 イオンクロマトグラフの開発の歴史をまとめました。
- イオンクロマトグラフ基本のきほん 応用編 イオンクロマトグラフで何が測定できるのかをまとめました。
- イオンクロマトグラフ基本のきほん 定性定量編 イオンクロマトの測定結果の解析方法について、定性定量の定義からわかり易く解説しています。
- イオンクロマトグラフ基本のきほん 陰イオン分析編 陰イオン(アニオン)分析に絞り、基本操作から測定の注意事項、公定法を紹介しています。
- イオンクロマトグラフ基本のきほん カラム編 イオンクロマトグラフで使用するカラムについて、原理となるイオン交換容量の意味から取扱いの基本事項までわかり易く解説してます。
- イオンクロマトグラフ基本のきほん 専門用語編 理論段数とは?分離度とは?など、イオンクロだけでなくクロマトグラフィ関係全般で使われている用語をわかりやすく解説しています。