陰イオンと陽イオンの両方を分析をしていると、陽イオン分析用カラムに陰イオン分析用の溶離液を流してしまった…というトラブルが起きることがあります。その場合の対処方法をご隠居さんが丁寧に解説しています。
シーズン1 その貳拾壱(二十一)
「ごめんくださいよ〜。」
「音羽のご隠居さんですか。明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します」
「あぁ。御慶。」
「何ですか?そりゃ。」
「たまには落語くらいお聞きなさいよ。ためになるんだから。まぁ,新年の挨拶ですよ!」
「そうですかぁ〜。まぁ,どうぞ奥までお入りください。」
「私は八つぁんじゃないから,「永日」なんて云わずに,上がらさせて貰いますよ。」
「今年はどうしたんですか?それも落語ですか?」
「落語っちゃ,落語だけど。きちんとした日本語ですよ!」
「ご隠居さん,今年も宜しくお願いしますね。で,早速ですが,一寸相談を,,,」
「新年早々トラブルですか〜?」
「トラブルじゃないですよ〜。確認ですよ!」
「何か変だね。怪しいね。」
「へへっ。まぁね。実は,陽イオンのカラムに,陰イオンの溶離液を流しちゃったんですがね。元には戻らないんですよね?先方には,替わりのものを出したから,話は済んでるんで,,,」
「陽イオンカラムですね。C3ですか?C4ですか?」
「C4なんですよ。駄目になっちゃうんですよね?」
溶離液の取り違えは,よくあるんですよね。私も,若い頃にはよくやりました。一本しかないカラムを壊して,剣突を喰らいましたね。まぁ,私の場合には自分で作り直しゃいいんですがね。
さて,溶離液を間違えるとどうなるかですけど,,,
陰イオンカラムに陽イオン用溶離液を流すとどうなるかは,コラムの「その拾漆 (2011年09月)」に書きましたね。もう一度読んで下さい。内容を掻い摘んで云うと,
① 硝酸が入ると対イオンが変わって充填剤が収縮して,カラム性能が低下する
② ジピコリン酸は陰イオン交換樹脂に強く吸着して,保持時間が減少する
③ クラウンエーテルは疎水性相互作用で吸着して,分離パターンが変化する
④ 直ぐに,有機溶媒を入れた陰イオン用溶離液で洗えば,直るかも知れない
ということでしたよね。
逆の場合,つまり,陽イオン分析用カラムに陰イオン用溶離液を流した場合も,対イオンが変わってしまうと充填状態が変化してカラム性能が低下します。但し,標準的な陰イオン用溶離液はNa2CO3/NaHCO3ですから陽イオン交換樹脂に強く吸着する成分が入っていませんので,直ぐに標準の陽イオン用溶離液で洗浄すれば元に戻る可能性はありますが,,,重要なのはここからです。
端にカラム名を聞きましたね。もう,お判りですね?Metrosep C3とC4では基材が違うんですよね。Metrosep C3はポリビニルアルコールゲル,Metrosep C4はシリカゲルですね。この違いが問題なんです。Metrosep C3の場合には,一晩も流したら駄目になっちまうだろうけど,直ぐに気が付いて,標準の陽イオン用溶離液で洗浄すれば元に戻る可能性は非常に高いと思いますよ。けどね。Metrosep C4のほうは,標準の陽イオン用溶離液で洗浄したって元には戻らないでしょう。というのはね,裸のシリカゲルってのはアルカリで溶けちゃうんだよ。何とか使えるのはpH8位までなんです。HPLCでよく使われるODS (オクタデシル基結合シリカゲル) だって,アルカリ性の溶離液じゃ使えない。まぁ,最近は耐アルカリ性の高いものなんてのも有りますけど,イオンクロマトの陰イオンカラムみたいな使い方はできゃしないんです。Metrosep C3もシリカゲルの回りに特殊なイオン交換基が付いているんで,裸のシリカゲル程じゃないんですが,アルカリには弱い。標準的に使われる陰イオン用溶離液Na2CO3/NaHCO3のpHは10位ですよね。最後まで云う必要はなさそうですね。番頭さんの云う通り,駄目ですね。お釈迦ですよ。
ただね,ガードカラムが付いていれば助かる可能性がとんでもなく高くなりますよ。そりゃ,ガードカラムの基材のシリカは溶けてお釈迦ですけど,ガードカラムから出てくる溶離液にはガードカラムのシリカが溶け込んでいるんで,分離カラムのシリカゲルを溶かす力が弱くなります。溶解度って奴ですよ。ガードカラムを付けておけば分離カラムが救われることも多いんで,必ずガードカラムを付けるように進めて下さいね。
最後にね。溶離液の付け替え間違えだけでなく,陰陽の入れ替えの際にも注意するようにして下さいね。カラム接続部までの溶離液を完全に置き換えておかないと,陰イオン用溶離液がカラムに入っちゃいますね。吸い込み口からカラム接続部までの液量は結構あるんですよ。デガッサもありますんで,10mL位はあるんじゃないですか?このことも忘れないでおいてくださいね。
※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。
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