クロマトグラフィの基本である理論段数と分離度について、ご隠居さんが楽しくやさしく解説しています。イオンクロマトグラフのユーザーだけでなく液クロやガスクロのユーザーにもお勧めです。
シーズン3 その壱(一)
「ご隠居さん。ご機嫌ですね。で,そろそろ例の話を・・・」
「例の,って?何でしたっけ?あっ,ひょっとして,四方山話シーズン-IIIの件かな?」
「嫌だなぁ~。今日はシーズン-IIIの内容をどうするか,決めるってことで来てるんですよ!」
「はっはっはぁ~。悪い,悪い。大丈夫ですよ。そんなに酔っちゃいない。十分に頭は回っていますよ!」
「呑み過ぎて,頭が回っているってことじゃないんですかね?」
「うまいことを云うね!けど,本当に大丈夫ですよ。古い付き合いなんだから判るでしょ?」
「判ってますよ。冗談ですから…。で,前もって,清さんと喬さんにも聞いたんですけど・・・。シーズン-IIは前処理主体だったんで,検出か分離でどうかってことなんですが・・・」
「う~ん,検出か分離ですかぁ~。まぁ,私はどちらでもいいんですけど,イオンクロマトグラフィーの検出ってほとんどが電気伝導度検出ですよね。サプレッサのとこまででいいんですかねぇ・・・」
「電気伝導度検出以外にも,電気化学検出やポストカラム誘導体化法,質量分析計やICP質量分析計とのハイフネーションってのもありますよね。ご隠居さんはそんなことやってたんですよね?」
「確かに,本業の分離を放ったらかしにして,そんなことばかりやっていた時期もあるね。そこまで入れりゃ書くことはたくさんあるけど,特殊すぎやしないかい?そこが気になるね。」
「そうなんですよねぇ~。それじゃ,シーズン-Iが概論的な話でしたし,シーズン-IIが前処理ってことだったので,順番で,次は分離ってことにしましょうか?特に,分離の改善を中心にしてってのは・・・」
「う~ん・・・。分離の改善ですかぁ~」
「何か問題でも?」
「問題って訳じゃないんだが…。測定条件を一寸いじってうまく分かれましたなんて,単発データを見せられたって実践には使えないよね?そのものずばりの試料を測っている人なんているわけないし・・・。多少なりとも理屈が判らなきゃ,応用なんてできぁしないと思うんだけど・・・」
「その通りですね。何故うまく行くのか,こんな時どうするのか,ってのが必要ですね。」
「けどね,そうすると,少しばかり理屈っぽくなっちゃいますよ!多少は理論も書かなきゃならんし・・・」
「多少は構わないですけど,分離の理論って難しくて・・・。理論と実践が繋がらないんですよ。」
「理論たって,分離の改善に関わるとこはさほど難しいもんじゃないけどね。まぁ,こっちも数式は苦手なんで,できるだけイメージって感じで書きますよ。でもって,実際のデータをお見せして,分離の改善の理屈と手順をお話しするってのはどうですかね?」
「それならいいですね!少しは判るようになるかも・・・。じゃ,それでお願いしますよ!」
「気楽に云いますね!若干難しくなるのは覚悟してくださいな。まずは,理論的な話からかな・・・」
クロマトグラフィによる測定・分析では,分離の成否が最も重要です。分離してなきゃ,定性だって,定量だってできません。ピークトップさえ見えていれば何とか定性ができるかもしれませんが,成分の重なりがありゃ見掛けのピークトップはズレますんで,定性だって怪しいですね。信頼性の高い結果を得るためには,完全にじゃなくても,十分に分離した綺麗なクロマトグラムを採ることです。
シーズン-IIIでは,「測定精度の向上を目指す」ことを目的に,分離の改善手法について話をしますが,実践の話をする前に幾つか知っておいていただきたいこと,用語や表現を統一しておきたいことがあります。若干,理論を捏ね繰り回すような話になってしまいますがご了承ください。けど,分離を改善する,つまり保持時間や分離の度合いを調節するって部分に関しての理屈はさして難しくはありません。できる限り,絵やグラフを使って話をしますんで,容易にご理解いただけると思います。難しく考えず,むしろイメージ的に捉えていただいたほうが実践に役立つと思います。
一般に,イオンクロマトグラフィーにおける試料注入量ってのは10~50 µLですね。このくらいの試料が分離カラムに注入されてクロマトグラムが得られます。クロマトグラムにはいくつかのピークが検出されますが,後ろのほうに出てくるピーク程,ピーク幅が広くなります。例えば,溶出時間が10 min位に出るピークの幅は約30 sec,同じく20 min位に出るピークだと約1 minっていう感じですかね。
一寸考えてみてください。溶出時間というのは,溶離液の流量を掛けると容量に直せますよね (溶出時間 [min] × 溶離液流量 [mL/min] = 溶出容量 [mL])。ということで,溶離液流量が1 mL/minの時のピーク幅1 minのピークは,1 mL (1,000 µL) ということになりますね。つまり,分離カラムを通過する間に数十倍~百倍も希釈されちゃうってことなんですよ。何でこんなに希釈されて,ピークが拡がっちゃうのかっていうと…。要因はいろいろとあるんですが,充填型カラムを用いるクロマトグラフィーの場合だと,充填剤粒子の間での拡散と充填剤細孔に基づく拡散が主要因ですね (図1-1)。
詳しくは,理論的な書籍を読んでいただくとして,ここでは簡単に…。
分離カラムに注入された試料中の成分は,充填剤に捉まり,そして離れて,を繰り返して,カラム充填剤の隙間を流れて分離カラムから溶出してきます。カラム充填剤は数µmの球状粒子ですが,均一な粒子径ではなく粒径分布を持っていますので,充填剤粒子間の間隙の大きさはバラバラなんです。
川遊びに行って,思いつくまま石を幾つも置いて堰 (せき) みたいなものを作った時を考えてみてください。石と石との間の隙間が狭いほうよりも,隙間の広いほうが,抵抗が少なくスムーズに水が流れていきますよね。分離カラムの中でも同じです。充填剤粒子間の間隙の広いほうに行った成分は溶離液の流れに乗って速やかに流れますが,間隙の狭いほうに行った成分は抵抗があるために,その隙間を通過するのにもたつき,遅れが生じてしまいます。これがピークの拡がりの第一の要因で,渦状拡散 (Eddy Diffusion) と呼ばれています。充填型カラムすべてで生じる現象です。
もう一つの,細孔内拡散のほうは,細孔内部に浸透した成分が細孔内部で拡散しすることによって発生します。細孔内の溶離液は動いていないとされていますので,細孔内への出入りの力は自然拡散なんです。試料成分は,細孔の入り口付近に留まるものもあれば,細孔の奥のほうまで浸透してしまうものもあります。そのため,細孔内から溶離液の流れに戻ってくるのに時間差が生じてしまい,これがピークの拡がりとなって現れます。細孔がなければ,こんなことは起きないんですが・・・
実は,分離の平衡速度 (例えば,イオン交換平衡の速さ) に基づく拡散もあります。これは,イオン交換基と試料成分の性質,試料濃度,溶離液流量,カラム温度等に影響されます。例えば,イオン交換の平衡速度よりも溶離液流量が速い場合には,試料成分すべてが充填剤に捉まる前に,試料成分の一部が充填剤を通過してしまい,先に充填剤に捉まった成分との間に時間差が生じてしまいます。これが繰り返されれば,ピーク幅は拡がってしまいます。また,吸着速度よりも脱着速度のほうが遅いという成分もあります。このような場合にもピークの拡がりが生じます。濃度が高い,過負荷の場合も同様です。一般に,分離平衡が不十分な場合には,ピークの後ろ側が裾を引く非対称のピーク (テーリングピーク) となります。イオン交換や吸着モードではしばしば観察されます。
図1-2を見てください。クロマトグラムから読み取れるいくつかのパラメータを示してあります。
溶出時間 (保持時間 [min]) trはご存知ですね。試料を注入してから対象成分のピークトップまでの時間ですね。この値に溶離液流量を掛けると溶出容量 (保持容量 [mL]) となります。また,カラム充填剤に全く保持されない成分が出てくる時間 (イオンクロマトグラフィーではウォーターディップなんて云いますが…) は,試料成分が充填剤の隙間を通って出てくる時間に相当しますんで空隙時間t0 (ボイドタイム [min] / ボイドボリューム [mL]) なんて云われます。ただ,これらの値にはインジェクタから分離カラム先端までの時間と,分離カラムの出口から検出器までの時間が含まれていますんで,厳密な評価を行う場合にはそれぞれの成分の溶出時間からこれらの装置の通過に要した時間 (装置の無駄時間ts [min]) を差し引かねばなりません。当然,サプレッサを使っている場合には,サプレッサを通過する時間も差し引かねばなりません。
ピーク高さHは,ベースラインからピークトップまでの高さです。ピーク幅には2つの表記があります。通常,ピーク幅Wというのは,ピークの両側に接線を引き,ベースラインと交差した2点の間隔です。もう一つのピーク幅は,ピーク高さの1/2のところでベースラインと平行線を引き,ピークの両側との2つの交点の間隔から得られるものです。後者は,ピークの1/2の高さのところの幅なので半値幅W1/2と云います。実際のクロマトグラムのピークは左右対称ではなく,若干後ろのほうに裾が延びる,所謂テーリング気味のピークなんですが,正規分布曲線と見做して統計学的な処理を行います。統計的処理では標準偏差sが良く用いられますよね。クロマトグラムのピークから標準偏差sを読み取るなんてのは到底困難です。そこで,標準偏差sの代わりに,このようにして求めたピーク幅を利用して種々の処理をするんです。ちなみに,ピーク幅W及び半値幅W1/2を標準偏差sに換算すると,それぞれ4s及び2.354sとなります。あくまで理論上の話ですよ。ただ,この値は種々役に立つものですんで,必ず覚えておいてくださいね。
さて,クロマトグラムから読み取った値をどう使うのかですが…。
分離の改善に必要なのは,まず保持指数kです。分離カラムのどれだけ保持されたかは保持時間trから判るんですが,カラム長さ (容量) が変われば変化してしまいます。そこで,空隙時間t0を基準に標準化した保持指数kを用いるんです。計算式は下記の式1-1ですが,厳密な評価を行う場合には無駄時間tsで補正した右の式1-2を用います。
2つのピークがどれだけ離れているかを評価する時には,各々の保持指数k の比である分離係数aを用います。分離係数aは下記式1-3で求めます。
カラム性能を評価するには理論段数Nを用いますが,基本の式では標準偏差sを用います。ここで,先ほどの数値が必要になります。標準偏差sの代わりにピーク幅W及び半値幅W1/2を用いるんですが,補正のために,式1-4では,16 (= 42) 及び5.54 (= 2.3542) という係数が付いています。尚,理論段数Nもカラム長さが変われば変化してしまいますので,カラム長さLで標準化した理論段相当高さHETP Hを用いることが多々あります (式1-5)。
ついでといっては何ですが,ピークの対称性を評価するためにピーク対象度fasあるいはシンメトリー係数Sが用いられます。求め方は図1-3の通りです。共に,対称性が良ければ “1“ に近い値になり,“< 1“ ならリーディングピーク (テーリングとは逆に前のほうがだらだらした裾になる),“> 1“ ならテーリングピークです。
さて,今回の本題,どこまで分離すれば良いのかという話ですが…
まず,図1-4のクロマトグラムを見てください。図a) のほうは完全とは云えませんが,ピークの重なり度合いも小さく,ピークの谷から縦に分割 (垂直分割処理) すれば十分に定量できると判断できます。一方,b) のほうは分離が不十分で,ピークの重なり度合いも大きく,正確なピーク面積を求めることはできません。もっと分離を良くしなければ正確な定量ができないということは,どなたでもお判りですよね。分離状態の可否について,通常はこのような直感的判断でもいいんですが,定量的な判断も必要です,そのようなときには,分離度Rsを求めます。求め方を,図1-5に示します。
分離度は,2つのピークの間隔 (保持時間の差) が,2つのピークのピーク幅Wの平均値の何倍であるのかを示しています。既に話しましたが,ピーク幅Wは4sですんで,分離度Rs = 1は2つのピークが4s分だけ離れているということになります。ということは,分離度Rs = 1では完全分離ではないということです。では,分離度Rsを幾つにすれはいいでしょうか?というのが,分離の改善における課題となるんです。図1-6に,分離度Rsが0.7~2.0になるように2つのピークを描いてみました。分離度Rs > 1.2であれば,何とか精度良く定量できそうであることが判りますね。
図1-6は2つのピークが同じ高さの時の図なんですが,この場合には2つのピークの谷のところで垂直に分割して面積値を求めれば同じ値が得られます。つまり,ピーク高さがほぼ同じである場合には,無理に分離を改善して完全分離にしなくても定量精度は確保されているんです。けど,実際の試料の分離ではこんな都合のいいことばかりじゃありません。そこで,分離度Rs = 1.2として,ピーク高さ比を変えて描いてみました (図1-7)。どうですか?前のほうのピークが高くなるに連れて,分離が悪くなっていくのが判りますよね。前のほうのピークは大きいので,谷で垂直分割処理をすれば誤差も少なく定量できることが判りますが,後ろのほうのピークは,濃度比が50:1以上となると,分離度Rs = 1.2では定量精度の確保が難しいということが判りますね。
では,どの程度の分離度にすれば濃度差のある成分に定量精度を確保することができるのでしょうか?図1-8に,濃度比 = 100: 1として,分離度を変えて描いてみました。分離度Rs = 1.4であればぎりぎり,分離度Rs > 1.6であれば精度良く定量できそうであることが判りますね。例え混合標準液での分離が良好であっても,測定試料中の成分の濃度比が大きく異なる場合には定量精度の確保は困難なんです。混合標準液の分離状態が過剰分離しているくらいでないと,定量精度の確保はできないということを意味しているんです。
最後にもう一つ,実際に得られるクロマトグラムのピークはテーリングしていると書きましたね。特に,高濃度成分の場合にはテーリングが酷くなります。そこで,テーリングピークに乗った不分離ピークを3種類の異なる積分方法で面積値を求めてみました (図1-9)。垂直分割処理では正誤差,谷処理では負誤差が大きく,共に正確な定量はできません。曲線処理ができるというクロマトグラム解析ソフトが市販されていますんで,試しに曲線の積分線を引いてみました。数のクロマトグラムの例では,曲線処理を行えば確かに誤差を小さくすることができました。素晴らしい手法のようなんですが,積分する曲線は仮想曲線ですので信頼性が担保されている訳じゃありませんし,第3の成分が重なっていないという保証もありません。図1-9の右側を見てください。ピークのテーリングが小さく,正規分布に近い場合には,曲線処理では垂直分割処理よりも誤差は大きくなってしまうんです。ということで,不分離ピークをどうやって積分するのかっていう課題に対しての正解はないんですね。唯一の対策は,積分誤差が妥協できるくらいまで『分離』する,ということです。
分離されたピークの積分方法・積分条件はクロマトグラムの解析において重要ではあるんですが,不分離ピーク,特にピーク高さ比が大きく異なる不分離ピークの場合には,小手先の対応じゃなく常道手段をとるべきです。すなわち,積分方法に頼るのではなく,分離を改善して定量性を確保することを第一優先とすべきです。分離の目標はピーク高さ比にもよるのですが,200:1~500:1の場合には最低でも分離度Rsは1.6,テーリングピークの可能性がある場合には分離度Rs > 2.0以上が必要となります。また,理論段数の高いカラムを選択し,標準試料は過剰分離すぎるくらいのる条件を設定し,試料は過負荷にならず目的成分が何とか検出できるくらいまで希釈して測定を行う必要があることも頭に入れて対応してください。
第壱話から話が長くなってしまいましたが…。
イオンクロマトグラフィーの対象となる試料では,濃度差が100~1000倍なんてのは往々にしてあるもんです。『ご隠居達のIC四方山話 シーズン-III』は,こんな試料の測定に対応するための『分離の改善』について話を進めていくつもりです。尚,今回説明した理論段数,ピーク対象度,分離度等のパラメータはデータ処理ソフト (メトロームだとMagIC Net) でも表示させることが可能です。分離の改善において有効な手助けになってくれますので,こんな機能も利用して,得られたクロマトグラムの評価・解析を行うようにしてください。
さいごに,ちょっとした愚痴です。
『四方山話』ってのは,「世の中の雑談。世間話」ってはずなんですがねぇ~。皆さんが見落としがちな落とし穴や困った時の対策,実際の操作に役立つ知識や情報等を中心に,年寄りの一寸した自慢話や蘊蓄(うんちく)を混ぜ込んで,思いつくまま気楽に書いていい,ていうのが,このコラムのお約束だったんですがねぇ。けど,今回のシリーズは大変ですよ。ちゃんと筋道を立てて,順序良く話を進めなきゃいけません。『分離の改善』なんて,大変なお題を受けちゃいましたな。完全にお勉強会です。私は元来理屈っぽい質(たち)なんですけど,理論話はあまり得意じゃないんですよ。プレッシャーを感じますな。けど,受けた以上,きちんとやらなきゃいけないですね。昔に作った資料なんかも引っ掻(か)き回して,お復習(さら)いしておきますよ。今シリーズはお客様相手じゃなく,泰さん,清さん,喬さん,三人相手の寺子屋って感じで行きますかね。次回も少し理屈っぽい話になると思いますが,三人共,嫌がらずにしっかりお勉強してくださいね。では,次回もお楽しみに…
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