イオンクロマトグラフで陽イオンを分析していて、あと一息、分離を改善するための手法として、カラム温度の調節と、溶離液への有機溶媒の添加の方法について、ご隠居さんがやさしく解説しています。
シーズン3 その拾壱(十一)
「こんにちはぁ~。おっ!清さん。こないだはご苦労さんでしたね。久々の学会はいかがでしたかな?」
「ご隠居さん,こんにちは。ずっと立ちん坊でしたよ。会は結構疲れますね。」
「ポスター発表なんてそんなもんですよ。けど,結構聞きに来てくれたみたいだね?」
「人数的にはまぁまぁってとこですよ。でも,インライン中和なんてまだ馴染みがないのか,意外と長く話をする人が多くてそこそこ興味は持ってくれたみたいですね。細かな質問をしてくる人もいましたけど,インライン中和以外の日常のトラブル話なんかも沢山聞かされて・・・まぁ,本題と違ったところで収穫有りでしたね。」
「そうですか。そりゃ良かった。学会は,大学のお偉い先生達だけで難しいことばかりやっていて,敷居が高くて嫌だっていう人がいるけど,そんなことはないんですよ。難しい理論を捏ね繰り回すような話もあるけど,身近な話題も沢山出てくるんで,企業ももっと気楽に参加すりゃいいんですよ。まぁ,付き合いや仲間を拡げる場ってな感じでお付き合いすればいいんですよ。」
「確かに。大学時代の先輩とも久々に会えましたし,それなりに楽しかったですよ。」
「こっちも,若い頃は結構学会に行きましたが,仲間を見つけに行っていたようなもんですよ。そんな仲間に助けられてばっかしでしたけど,そのお蔭で何とかここまで生きてこれたようなもんですな。これからも,時々学会に行ってくださいね。」
「判りました。また,ネタ探しも含めてご指導願います。」
「さ~て,今日も気合を入れてやりましょうかね。喬さんを呼んできてくださいな。始めますよ!」
さて,今回は陽イオン分析における分離の改善の最後です。
ここまでの話で,原子イオンを主な測定対象とする陽イオン分析では,溶離液に+αの相互作用を加えることで分離を変化させることが可能となるということが判っていただけたと思います。今回は,あと一息分離を改善するための手法としてのカラム温度の調節と溶離液への有機溶媒の添加についてお話をしましょう。
まず,カラム温度の影響についてですが,第伍話でお話しした陰イオン分析の場合と同じく,温度を高くすると分離平衡が早くなり溶出時間が短くなります。但し,+αの相互作用が加味された分離系では単純ではありません。そこで,スルホン酸型陽イオン交換樹脂における挙動から見ていきましょう。
図11-1は,旧来のスルホン酸型陽イオン交換樹脂で陽イオンを分離した時のデータですが,第漆話でお話ししたように,一価イオン (アルカリ金属イオン) と二価イオン (アルカリ土類金属イオン) の選択性が大きく異なるためそれぞれ異なる溶離液を使用します。図11-1左は,硝酸を溶離液に一価イオンを分離した時ですが,水和半径の大きいリチウムイオンを除き,他の一価イオンは溶出時間が短くなっています。
一方,図11-1右の二価イオンのほうは,反対に溶出時間が増加しています。二価イオンの分離では,スルホン酸型陽イオン交換樹脂に捕捉させた二価イオンを,錯形成能を持つ溶離剤で剥がしとるようにして分離を行います。
このような分離系では,温度の上昇につれて溶離剤と錯形成する度合いが低下しますので,二価イオンがカラム充填剤に保持される確率が増加します。その結果,一般的なクロマトグラフィにおける溶出挙動とは逆の挙動となります。
スルホン酸型陽イオン交換樹脂における溶出挙動はお判りいただけたでしょうか。このことを頭に入れて,カルボン酸型陽イオン交換樹脂におけるカラム温度の影響を見てみましょう。
図11-2は,サプレスト型陽イオン交換カラムであるMetrosep C Supp 2における温度の影響を見たものですが,図11-1左と同様に温度の上昇につれ溶出が早くなります。但し,一価イオンと二価イオンではその影響度合いが異なり,一価イオンのほうが温度の影響を受けやすいということが判ります。この溶出挙動の違いを利用すれば,あと一息の分離の改善を行うことが可能となりますので,溶離液濃度による分離の改善と併せて利用すると良いでしょう。
図11-3は,ジピコリン酸 (DPA) 添加溶離液における温度の影響を見たものです。ジピコリン酸は錯形成剤として働きますので,二価イオンは図11-1右と同様の挙動を示すはずです。図11-3では,一価イオンは温度の上昇につれて溶出が早くなっていますが,二価イオンでは全く逆の溶出挙動を示しています。図11-1の説明と同様に,この溶出挙動からも錯形成能の温度依存性により溶出時間が変化するということがお判りいただけると思います。
本題に入る前に,有機溶媒添加に関する注意事項です。溶離液に添加する有機溶媒にはアセトンあるいはアセトニトリルを使用し,アルコール類は絶対に添加しないでください。この理由は,イオン交換基がエステルになってしまうからです。大学の有機合成実験で,サリチル酸メチルを合成した人が多いかと思います。サリチル酸のメタノール溶液に硫酸を加え,撹拌しながら数十ºCで10分程度反応させた後,飽和炭酸水素ナトリウム水溶液中に反応液を加えると,強い芳香をもった無色の液体ができます。これがサリチル酸メチル (サリチル酸のメチルエステル) です。
図11-4に,サリチル酸とメタノールからサリチル酸メチルが生成する反応式を示します。このようにカルボン酸型陽イオン交換樹脂のイオン交換基 (カルボキシル基) は酸性下でメタノールと反応してエステルになるため,イオン交換能が低下・消失してしまいますのでアルコール類は絶対に溶離液に添加してはいけません。
図11-5は,サプレスト型陽イオン交換分離カラムであるMetrosep C Supp 2における有機溶媒 (アセトン) の添加効果を見たものです。カリウムイオンを除き,有機溶媒の添加により溶出が早くなりますが,一価イオンと二価イオンではその影響度合いが異なり,二価イオンのほうが有機溶媒添加の影響を受けやすいということが判ります。カリウムイオンの特異的な挙動は,カリウムイオンの水和構造を破壊する性質に依存しているものと考えられ,有機溶媒の添加によりイオン交換基との会合性が増加したためと推定されます。
図11-6は,ジピコリン酸 (DPA) 添加溶離液系における有機溶媒 (アセトン) の添加効果を見たものです。また,図11-7はアセトニトリルを添加した時の効果を見たものです。アセトンの場合でも,アセトニトリルの場合でも基本的な溶出挙動は同じで,一価イオンよりも二価イオンのほうが有機溶媒の添加による影響が大きく,溶出時間が大幅に減少します。これは,ジピコリン酸と二価イオンとの錯体の充填剤への疎水的な相互作用が,有機溶媒の添加により低減されるためと考えられます。このことは,アセトニトリルよりも溶解力の強いアセトンを添加した場合のほうが,二価イオンの溶出時間の減少が大きいことからも推定されます。尚,ジピコリン酸添加溶離液系においてもカリウムイオンは特異的な挙動を示しています。これらの現象を十分把握しておくことで,陽イオン分離の微調整を容易に行うことが可能となりますので,あと一息というときに試してみてください。
第漆話から今回まで,5回にわたって陽イオン分析における分離の改善手法に関してお話をしてきました。ここまでは,主に無機の一価イオン及び二価イオンを対象として分離の改善について話をしましたが,近年のニーズの変化に伴い,アミン類等の有機陽イオンを含む陽イオン分析への関心が高まってきています。アミン類の分離の改善に関しても基本的な考え方は同じで,溶離液の調整,+αの相互作用の付与,カラム温度,有機溶媒の添加により分離の調節が可能です。但し,アミン類は有機化合物ですので,無機陽イオンとは異なる挙動を示します。カラム分離剤との疎水性相互作用が分離に関与しますので,溶離液への有機溶媒の添加により溶出時間を早めることができます。また,弱解離性ですのでカラム温度により解離状態も変化しますので,分離の微調節に有効な手段となります。
ということで,最後にアミン類を含む陽イオンの分離例をいくつかお見せしておきます。
図11-8は,アミン類を含む陽イオンの一斉分離例です。硝酸/シュウ酸の混合溶液系にジピコリン酸を加えた溶離液でエタノールアミン類との同時分離を行っています。また,溶離液にアセトン (1%) を加えて分離の微調整を行っています。カラム温度は40ºCで行なっています。
図11-9は,メチルアミン類を含む陽イオンの一斉分離例です。硝酸に18-crown-6を加えてカリウムイオンの相対溶出位置を後ろにするとともに,アセトン (25%) を加えて分離と分析時間の調節を行っています。カラム温度は25ºCで行なっています。
図11-10は,サプレスト用分離カラムで多数のアミン類を含む陽イオンの一斉分離を行ったものです。溶離液にアセトニトリル (7.5%) を加えて分離と分析時間の調節を行っています。
今回で,陽イオン分析における分離の改善の話は終わりですが,陽イオンは選択性を変化させにくいため,溶離液への錯形成剤や有機溶媒の添加が有効な分離の改善手法となります。若干複雑ですが,これらを駆使することにより好結果を生み出せますので一度挑戦してみてください。
次回は,有機酸分析に用いられているイオン排除クロマトグラフィについてお話をしようと思っています。
次回もお楽しみに…。
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