イオン排除クロマトグラフィで、ホウ酸や炭酸といった無機弱酸を上手に分離するヒント、さらにはシアン化物と塩化シアンの分析方法について、ご隠居さんが楽しくわかりやすく解説しています。
シーズン3 その拾肆(十四)
「こんにちはぁ~。喬さんはいますかねぇ~?」
「あっ,ご隠居さん,いらっしゃい。今回はやけに早いですね!」
「嫌な言い方だねぇ~。前回遅刻してしまったからね!」
「すみません。別に嫌味って訳じゃないんですよ。」
「あぁ,いいですよ。気にしていませんから。今日はね,夕方からちょいと銀座で集まりがあってね。」
「そうでしたか。学会関係の集まりですか?」
「学会仲間の大学の先生同士なんですが,銀座7丁目のライオンに行ったことがないってんで,打ち合わせも兼ねてライオンで一杯ですよ。こっちも久々ですんで楽しみですよ。実は,ライオンに行く前に4丁目の鳩居堂 (住所は5丁目) か2丁目の伊東屋にでも寄ろうと思っているんで,ちょいと早めに終えましょうや!」
「ということで,さっさと始めて,さっさと終えるってことなんですかね?」
「その通り!無駄話はこのくらいにして,さっさとやりますか!」
さて,今回の話は,イオン排除モードを用いる無機弱酸の分離に関してですな。
話を始める前に,四方山話シーズンIII 第拾貳話で説明した酸解離指数 pKaと溶出との関係を見てください。イオン排除モードの分離機構は,カラム充填剤である強酸性陽イオン交換樹脂の細孔内にどこまで浸透できるかどうかということです。酸解離指数 pKa の大きい有機酸ほどイオン排除効果を受け難いため,細孔の奥まで浸透して遅く溶出してくることになります。第拾貳話の図12-4に示した通り,有機酸だけでなく酸解離指数 pKaの大きい無機陰イオン (無機弱酸) も同様の原理で保持されますので,陰イオン交換モードで保持の小さい無機弱酸の分析に有効な分離手段となります。
イオン排除カラムにおける有機酸や無機弱酸の保持は,酸解離指数 pKa 以外にもカラム充填剤の特性 (粒子径,架橋度,スルホン化度,カラムサイズ等) の影響を受けますので,カラム充填剤が異なる場合には,第拾貳話の図12-4とは異なる位置に溶出しますのでご理解ください。また,無機弱酸の場合には,有機酸よりも溶離条件の影響を受けやすいため,溶離条件によっては有機酸との相対溶出位置 (溶出位置) が変化することがあります。
図14-1に,イオン排除モードによる一般的な有機酸とフッ化物イオン,炭酸イオン (正確には,炭酸水素イオン),亜硝酸イオンの分離例を示します。フッ化物イオン,炭酸水素イオン及び亜硝酸イオンの酸解離指数 pKaは,それぞれ3.17,6.36及び3.20ですので溶出順とは一致していません。亜硝酸イオンは,充填剤基材樹脂のポリスチレンと - 相互作用を示すため溶出が遅くなります。
図14-2に,イオン排除モードによるホウ酸 (図14-2左) と炭酸 (図14-2右) のクロマトグラムを示します。溶離液には0.5 mMの硫酸を用い,サプレストモード (四方山話シーズンIII 第拾貳話) で電気伝導度検出をしています。共に,数十mg/L (ppm) の定量が可能であることが判ると思います。
図14-3に,淡水化海水中のホウ酸の測定例を示します。淡水化海水は50倍希釈後,イオン排除カラムに注入しています。ここでも,サプレストモードで検出を行っていますが,溶離液には2 mMの硫酸にマンニトールを添加した溶液を用いています。ホウ酸は,中性から塩基性条件下で,マンニトールのようなジオール (cis-diol) 構造を持つ化合物と陰イオン性の錯体を作ることが知られています。このホウ酸錯体は,ホウ酸そのものよりも強い酸性 (陰イオン性) を示します。 ホウ酸-マンニトール錯体は酸性条件下でも僅かですが生成しますので,硫酸溶離液中でホウ酸-マンニトール錯体が生成します。しかし,生成率は高くないため溶出時間への影響は僅かです。溶離液へのマンニトールの添加は,分離よりも検出において大きな効果を示します。マンニトールを含む硫酸溶離液は,サプレッサを通過すると概ね中性になります。マンニトールはサプレッサでは除去されませんので,ホウ酸と容易に錯体を生成することができます。このホウ酸-マンニトール錯体はホウ酸そのものよりもイオン性が高いため,検出感度が増加して高感度検出が可能となります。
図14-4は,イオン排除モードにおけるシアン化物と塩化シアンの測定例です。検出には,上水試験方法に記載されている,4-ピリジンカルボン酸-ピラゾロン吸光光度法を利用したポストカラム誘導体化法を用いています。この方法では,sub-µg/L (ppb) の定量が可能です。
イオン排除モードでは,イオン性の強い塩化物イオンや硫酸イオンは保持されることなく,ボイドボリューム (ウォーターディップ) のところにまとまって溶出します。この原理を利用することにより,高濃度の有機酸を含む試料中の陰イオンの測定を行うことが可能です。四方山話シーズンIII 第拾貳話及び第拾参話のはじめに話をしていたカラムスイッチング法です。高濃度の有機酸を含む試料をイオン排除カラムに注入し,ウォーターディップの部分のみを陰イオン分離カラムに注入すれば,有機酸の妨害を受けずに陰イオンの分離・定量を行うことができます。同様に,フッ化物イオンやホウ酸イオン等の無機弱酸を高濃度に含む試料中の陰イオンの測定にも利用できます。
図14-5に,代表的なカラムスイッチングシステムの構成図を示します。このシステムでは,2つの6方切り替えバルブが必要になります。1つは試料注入用で,オートサンプラ (サンプルプロセッサ) に装備されている6方切り替えバルブを使用しても構いません。もう一方の6方切り替えバルブには,イオン排除カラム (IEC column) と陰イオン分離カラムの2本の分離カラムを接続します。試料注入量が大きく,ピークの拡がりが問題となる場合には,6方切り替えバルブに濃縮カラムを取り付けます。イオン排除カラムの溶離液には,酸の希薄溶液ではなく純水を用います。純水を使用することにより,陰イオン測定での妨害をなくすと共に,陰イオン濃縮カラムでの濃縮効率を高めることができますので高感度検出が可能となります。
図14-6に,イオン排除-カラムスイッチング法を用いる24%フッ酸 (フッ化水素酸) 中の塩化物イオンの測定例を示します。図14-6左のように,フッ化物イオンもイオン排除カラムに保持されますので,6方切り替えバルブの切り替え時間を調節してイオン排除カラムのウォーターディップの部分を陰イオン分離カラムに注入すればフッ化物イオンの妨害を解消することが可能です。
イオン排除クロマトグラフィの有用性はお判りいただけたでしょうか?滅多に使うことはないかと思いますが,有機酸の分離や弱酸類の前処理で困った時には試してみてください。
次回は,前処理に使われる固相抽出法についてお話をしようと思っています。
次回もお楽しみに…。それでは,夜の銀座にでも出かけて参りますよ。
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