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イオンクロマトグラフィの溶離液濃度を変化させれば溶出時間を調整できて、分離の度合いもある程度調整できる仕組みを、ご隠居さんがわかりやすく解説しています。前回の続きになります。

シーズン3 その肆(四)

「ごめんくださいよ~」


「あれっ!ご隠居さん。おいでになるのは来週じゃなかったですかね?」


「そうなんですけどねぇ…。来週はちょいと野暮用が入りそうなんでね。泰さんには,連絡したんだけど,聞いていなかったですかね?」


「いや。何も聞いていないんですが…。けど,丁度大きな一件が片付いたところだったんで,いいタイミングでしたよ。」


「そうですかぁ~。ご苦労さんでしたね。それじゃ早速前回の続きをしましょうかね・・・」


「宜しくお願いいたします。」


「ところで,前回の話は簡単でしたよね?」


「溶離液濃度が高くなれば,早く出てくるってことでいいんでしたね。」


「そうですな。まぁ,その通りなんだけれど,それ以外にも重要なところがありましたよね?まず,溶離液の溶離剤濃度の対数と保持係数kの対数との間に直線関係があるってことですね。あっ,そうだ。前回の話で,”k” を ”保持指数” って話したけど,”保持係数” の間違いでしたね。すみませんでした。修正しておいてくださいね(※訂正済み)。でぇ~,その直線 (回帰直線) の傾きは,測定対象イオンの価数が同じであれば同じだってことですね。さらに,その傾きは,測定対象イオンの価数の比に従うってことです。つまり,塩化物イオンの傾きを ”1” とすると硫酸イオンの傾きは ”2” になるってことですな。ここんところは,頭に入っていますかね?」


「大丈夫です。この関係を利用すれば,硝酸イオンとリン酸イオンとの間を縮めることも拡げることもできるってことですよね。」


「ほぅ!判っていますね。さすがですなぁ。それじゃ,今日はその続きですよ!」

 
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前回の話がお判りってことですが,溶離液の溶離剤濃度と保持との関係をもう一回数式で下図左に示しておきます。”Log [A] ” と ”Log k” は負の比例ってことですね。傾きは “ZB/ZA” ですので,測定対象イオンの価数は “ZB” が2倍になれば傾きは2倍になり,大きく変化するってことです。通常の陰イオンの分離条件ではリン酸イオンは2価イオン (HPO42-) ですので,硫酸イオンと同じような動きをするってことになります。

ここまでは何も問題はありませんね。 それでは,図4-1の右を見てください。炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムとの混合溶離液系で陰イオンを分離した例です。炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムの合計濃度が高いほど保持時間が短くなっていますね。これは左の数式を反映していると考えれば納得できますね。

図4-1 イオン交換モードにおけるイオンの保持と溶離液濃度を変化させたときの保持挙動

けど,クロマトグラムをよ~く見てください。
前回示したデータでは,溶離液濃度が薄くなれば保持時間が大きくなり,リン酸イオンと硫酸イオンとの分離は僅かに拡がっていきますが概ね同じような挙動を示していました。図4-1ではどうでしょう? 溶離液濃度が薄くなって保持時間が大きくなっていますが,リン酸イオンと硫酸イオンとの分離は悪くなっています。このデータはMetrosep A Supp 15で測定したものですが,他の分離カラムでも似たような現象が観察されます。


図4-2に,Metrosep A Supp 4とA Supp 17を用いて測定した,溶離液中の炭酸ナトリウム濃度を固定して炭酸水素ナトリウム濃度を変化させたときの陰イオンの溶出挙動を調べたものを示します。どうですか?同じ動きですよね。Metrosep A Supp 17のほうでは,入れ替わる位変化していますね。

 

図4-2 溶離液濃度を変化させたときの保持挙動

このような現象が何故起きるのかっていうと,溶離液のpHと測定対象イオンの解離状態に依存しているんです。図4-3に,等モル (同一濃度) で調製された炭酸ナトリウム/炭酸水素ナトリウム緩衝液系の炭酸ナトリウム比率とpHとの関係 (●: 黒線) を示します。炭酸ナトリウム比率 (濃度) が高くなるとpHが高くなるんです。


ここで,リン酸の解離を考えてみましょう。図4-3に示すように,リン酸は水素を3個持っていますので,3解離,つまり3価のイオンになることができ,3つの解離指数 (pKa) を持っています。しかし,このpHを境にして1価イオンから2価イオンへと急に変化するのではなく,リン酸の解離状態を図4-3に重ねてありますように徐々に変化していきます。炭酸緩衝液の中では2価のHPO42- (赤線) が主に存在していますが,炭酸ナトリウム比率の増加 (pHの上昇) につれ,一部が3価のPO43-(紫線) になり,炭酸ナトリウム100%では約60%がHPO42-,約40%がPO43-として存在しています。理論的な表現ではありませんが,炭酸ナトリウム100%中ではリン酸の価数は2.4価ってことになります。


ここまでくればもうお判りですね。硫酸イオンは炭酸緩衝液のpH範囲では常に2価イオンですが,リン酸イオンは2価イオンから2.4価イオンへと変化するんです。価数の大きいイオンほどイオン交換樹脂に強く保持されますので,リン酸イオンと硫酸イオンとの保持は近づいてくるんです。図4-2のMetrosep A Supp 17のように,分離カラムによっては入れ替わりが起きてしまうというわけです。


※酸解離指数:
酸解離定数をKaとしたとき,-Log Ka = pKaを酸解離指数という。pKaが小さいほど強い酸 (酸性度が高い酸) である.酸解離指数pKaと同じpHの溶液中では解離状態と非解離状態が50%ずつ存在することとなる。

図4-3 炭酸緩衝液のpHとリン酸イオンの解離状態
 
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チョットばかりややこしい話でしたか?けど,このテクニックは,分離を改善するためには有用なものなんです。リン酸イオンの付近には種々の有機酸イオン (主に二塩基酸) が溶出します。また,リン酸イオンとほぼ同一溶出位置に亜硫酸イオンが溶出します。これらのイオンは,食品分野や環境分野の測定においてしばしば測定対象となるイオンです。これらのイオンを精度良く測定するためには,リン酸イオンの溶出位置を動かさねばなりません。そのようなときに利用可能なテクニックですので,覚えておいてください。


上述の方法によりリン酸イオンの溶出位置を動かすことができるということがお判りいただけたと思いますが,より積極的に動かすには,pHをさらに高くすればいいんですよね。そこで,炭酸ナトリウムに水酸化ナトリウムを添加して,リン酸イオンと硫酸イオンの溶出位置を入れ替えた例を図4-4に示します。炭酸ナトリウム濃度を一定にして水酸化ナトリウムを添加していますので,溶出時間が早くなっていますが,リン酸イオンと硫酸イオンの溶出位置は完全に入れ替わっています。

図4-4 溶離液への水酸化ナトリウムの添加によるリン酸イオンと硫酸イオンの逆転

溶離液のpH変化による分離の変化度合いは,分離カラムの性質によって大きく異なりますが,多くのカラムでは,前述したように,亜硫酸イオンがリン酸イオンと重なります。このような場合,溶離液への水酸化ナトリウムの添加が有効です。図4-5に,亜硫酸イオン,硫酸イオン,リン酸イオンの分離例を示します。

図4-5 溶離液への水酸化ナトリウムの添加による亜硫酸イオンとリン酸イオンとの分離改善
 
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溶離液濃度及び組成の変化により,分離を改善できることがお判りになっていただけたでしょうか?濃くすれば早く出てくる,薄くすれば遅くなるって,当たり前のことなんですが・・・


前のほうの分離が不十分で,後ろのほうは目的の分離が達成できたということが一般的かもしれません。このような場合,溶離液濃度を薄くすれば前のほうの分離を改善することが可能です。しかし,分析時間が長くなってしまうという欠点があります。根気よく待っているという選択もありますが,溶出時間が長くなればピークが拡がってピーク高さが低くなってしまいますので低濃度成分を測定しにくくなってしまいます。このような場合には,分離の開始時の溶離液濃度を薄くして,徐々に濃くしていくという,所謂グラジエント溶離法を用いれば,前のほうの分離を改善できると共に,分析時間を長くすることなく,かつピーク高さも確保した状態で分離を行うことができます。図4-6にグラジエント溶離法を用いた陰イオンの多成分一斉分離の一例を示します。

 

図4-6 グラジエント溶離法に依る陰イオンの多成分一斉分離
 
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前回と今回は溶離液濃度と組成に関して話をしてきましたが,溶離液濃度を変化させれば,溶出時間を調整できると共に,分離の度合いもある程度調節できるってのがお判りいただいたと思います。溶離液の調節は,一般的な陰イオンを測定対象とする場合の分離の調節法として有効ですので,実際に測定に活かしてください。しかし,前にも書きましたが,イオン交換相互作用ってのは複雑ですんで,溶離液の濃度や組成だけではなかなか思った分離が得られないこともあります。次回は,この点も踏まえて,溶離液への有機溶媒の添加による分離の改善について話をしようかなんて思っていますよ。

では,次回もお楽しみに…。

 

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