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イオンクロマトグラフィにおける陽イオン分析の分離改善についてです。陽イオンがカラム内でどのように分離されて測定されるのか、そしてどうすれば分離が改善されるかについて、ご隠居さんが基本から解説しています。

シーズン3 その漆(七)


「あれっ…。お~い!泰さ~ん!」


「あっ!ご隠居さん。おはようございます!」

 

「どうしたね。お出かけですか?」


「ちょっと。お客さんのところです。伊勢原の先まで行くんです。」


「伊勢原か~ぁ。伊勢原って云えば,大山ですね。大山豆腐かぁ~。大好物だねぇ。」


「伊勢原って,豆腐の産地ですか?大山ってのは…?」


「あれ,知らないんですか!阿夫利神社ってのがあって,江戸時代には大山詣りってんで,富士詣りと並んで盛んだったんですよ。富士山の御祭神・木花咲耶姫の親父さん,大山祗神が祭神だね。雨乞いの神ってことなんだけど,頼朝も徳川家も,春日局も大事にしてたようで勝負や博打のご利益がある。落語にも大山詣りってのがあるよ。志ん生や志ん朝が得意としてたね。」


「へぇ~!そうですかぁ。けど,豆腐ってのは?今日は豆腐屋さんじゃないですけど…。」


「昔は米がとれないから豆だね。水がいいから豆腐も美味い。他にも,落花生や牛肉なんかも名産ですね。阿夫利神社の参道にいくつか豆腐を食べさせるとこがあるから,一度お詣りにでも行って,その帰りにでも寄るといいですよ。本社,奥社までとなると,ちょいとあるけど,下社までならケーブルカーで行かれますんでね。途中には大山寺もあるし,近くには日向薬師もありますよ。ところで・・・喬さんや,清さんは,今日はいますよね?」


「二人とも,ご隠居さんを待っていますよ。いつもの続き宜しくお願いいたします。夕方には戻ってきますんで,宜しくお願いします。」


「いつものほうは,ちゃんとやっときますよ。いい商売になるといいですね。じゃぁ,夕方に…」

 
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さて,今回からは,陽イオンの分離です。まず,陽イオンの分離機構から見ていきましょう。第貳話に,イオン交換相互作用におけるイオンの保持機構に関しては書いておきましたが,復習ですよ。
図7-1は,スルホ基を持った陽イオン交換樹脂での陽イオンの保持です。スルホ基は,水を付加して酸性のスルホン酸となっています (図7-1 A)。ここに,塩化ナトリウムが来ると,ナトリウムイオン (Na+) を吸着し,代わりに水素イオン (H+,プロトン) を吐き出し,塩酸 (HCl) が生成されます (図7-1 B)。陽イオン交換樹脂に捕捉されたナトリウムイオンは,溶離剤を流すことによって溶離することができます。陽イオン分析では,溶離剤として硝酸やメタンスルホン酸が用いられます。この時の溶離剤は,水素イオン (H+) です。水素イオン (H+) の陽イオン交換樹脂における選択性はナトリウムイオン (Na+) よりも低いのですが,水素イオン (H+) を流し続けることにより溶離してきます。

 

図7-1 スルホン酸型陽イオン交換樹脂における陽イオンの保持


「選択性」って云ってしまいましたが,これも第貳話に書いておきましたが,またまた復習です。
イオン交換樹脂には好きな相手があり,ランキングがあります。一般に,一価イオンよりも二価イオンを強く捕まえ,周期表の族が同一の単原子イオン (アルカリ金属イオン,アルカリ土類イオン,ハロゲンイオン) では周期の大きいもの (原子半径が大きい) もの程強く捕まえます。この好き嫌いランキングが選択性で,水和半径,イオン半径と関係があります。
表7-1に,主な陽イオンのイオン半径と水和半径を示します。結晶半径とは,イオン結合で形成される塩の原子間距離から求められる半径です。水和半径は実験的に求められるもので,2人の研究者の報告値を示しておきました。この値は結晶半径と逆の傾向を示し,周期表の上の原子ほど水和する力 (水和力) が強く,溶液中でのイオン半径が大きくなります。
一般的な陽イオン交換樹脂における一価陽イオンの溶出順序は,Li+ > Na+ > NH4+ > K+ で,表7-1の水和半径・水和水量の順序と一致しますよね。二価のMg2+ やCa2+ はNa+ よりも水和半径・水和水量が大きいんですが,二価イオンですから,イオン交換の原則に則って,一価イオンよりも強く保持されます。ということで,陽イオン交換樹脂で陽イオンを分離すると基本的には次の順序で出てくるということになります。

Li+ > Na+ > NH4+ > K+ > Mg2+ > Ca2+

 

 

     表7-1 主なイオンの水和半径とイオン半径

イオン

結晶半径

[Å]

水和半径[nm]

水和水量

H2O/mol

Pallman

Jenny

Li+

0.68

0.73

1.0

12.6

Na+

0.98

0.56

 0.79

 8.4

K+

1.33

0.38

 0.53

 4.0

NH4+

1.43

 0.537

 4.4

Mg2+

0.89

 1.08

13.3

Ca2+

1.17

 0.96

10.0

 

 
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「基本的に」なんて書きましたので,「実際には」違っているってことですよね。図7-2に,陽イオン交換樹脂における陽イオンの分離例を示しました。図のaとbはスルホン酸型陽イオン交換樹脂での分離例で,cはカルボン酸型陽イオン交換樹脂での分離例です。現在では,一価及び二価陽イオンの分離にはスルホン酸型陽イオン交換樹脂が使われることは少なくなっていますが,以前はスルホン酸型陽イオン交換樹脂が主流でした。


イオン交換樹脂では一価イオンよりも二価イオンを強く捕まえるんですが,スルホン酸型陽イオン交換樹脂での一価イオン (アルカリ金属イオン) と二価イオン (アルカリ土類金属イオン) との保持の強さは途轍もなく大きな差なんです。図7-2aでは,硝酸を溶離液にして一価を分離していますが,この条件では二価イオンは出てきません。この条件で二価イオンを含む試料を注入し続けると,二価イオンがカラム内に蓄積して見かけのイオン交換容量が低下してしまいます。そのため,時々,1 mol/Lの硝酸をインジェクターから数回注入して,二価イオンを洗い出すってことをしていました。


それでは,二価イオンはどうやって分離するのかというと,図7-2bのように,二価イオンと錯形成をすることが可能な溶離剤 (図では,酒石酸とエチレンジアミンの混合溶液) を用います。このような条件を設定すれば,アルカリ土類金属イオンだけじゃなく,さらに選択性の高い銅イオンや三価鉄イオン等の遷移金属イオンの分離も可能になります。但し,この条件では,一価のアルカリ金属イオンはほとんど保持されませんので,同時分離をすることはできません。当時はスルホン酸型陽イオン交換樹脂しかなかったので,溶離液の交換は面倒でしたが,こんな方法で測定を行っていました。


その後,カルボン酸型 (正確には多塩基酸型) のイオンクロマトグラフィ用陽イオン交換樹脂が開発され,一価と二価の同時分析が可能となりました。カルボン酸型陽イオン交換樹脂における一価と二価の選択性の差は,スルホン酸型陽イオン交換樹脂に比べれば小さいため,溶離液を変更しなくても同時分離が可能なんです。図7-2cでは,溶離液はメタンスルホン酸ですが,硝酸でも同様の分離が得られます。このように,カルボン酸型陽イオン交換樹脂を用いると,上述した「基本的に」っていう溶出順を達成できます。ここで,一価イオンの溶出順はスルホン酸型陽イオン交換樹脂と同じなんですが,Na+ – NH4+ – K+ の選択性が微妙に異なっているのが判ると思います。スルホン酸型陽イオン交換樹脂ではNH4+ – K+ がくっついているんですが,カルボン酸型陽イオン交換樹脂ではNa+ – NH4+ がくっついています。この差は,イオン交換機周辺の水和特性に基づいているとされています。

図7-2 陽イオン交換樹脂における陽イオンの分離例

 

選択性の根源が水和になるということですが,ちょいと難しい話になりますが,水和エネルギーと選択性との関係に関しての報告があります。チョット加筆して下に示しておきます。陽イオンはスルホン酸型陽イオン交換樹脂のデータですが,良好な関係がみられます。陰イオンに関しても同様に良好な関係が得られています。この結果からも,選択性 (保持) はイオンの水和能に依存しているということが判ると思います。

 

図7-3 イオンの水和エネルギーと選択性係数の対数値との関係
 
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陽イオン交換樹脂における陽イオンの保持に関しては,何となくわかってもらえたと思います。そこで,本題である分離の調節に入りたいのですが,その前に陽イオンの同族原子イオンの分離パターンは容易に変化しないということを頭に入れておいてほしいんですが…。


何を云いたいのかというと…。陽イオン分析では保持時間 (溶出時間) は自由に動かすことはできるのですが,溶出順を変えるというのは,陰イオンに比べると非常に困難であるということです。これは,図7-3からも読み取ることができます。図7-3で,水和エネルギーと選択性係数の対数値との間に良好な関係があるということが判ったと思いますが,陽イオンの近似線の傾きが陰イオンよりもなだらかになっています。これは,イオン間の保持の差に対する水和エネルギーの差が,陰イオンよりもはるかに大きいということです。つまり,僅かな相互作用の変化では,溶出順序は変化しないということを意味しています。


イオン交換相互作用は電気的な引き合い (Coulomb力) に基づいていますが,この結合エネルギー (100~500 kJ/mol) は,疎水結合 (20~25 kJ/mol),πーπ相互作用 (10~35 kj/mol),水素結合 (10~35 kJ/mol) と比べて1桁以上も強いのです。これは,その他の力 (相互作用) をチョットくらいいじってもイオン間の引き合う力には勝てないってことです。つまり,イオン交換モードでは,その他の力 (相互作用) も寄与してはいるのですが,本質はイオン間の引き合いに依存しています。しかし,その他の力 (相互作用) を変化させればイオンの水和エネルギーが変化するので,これを利用して分離の選択性を変化させることができるのはずなのです。しかし,図7-3で明白なように,陽イオンの選択性は水和エネルギーが少し変化しても選択性はさほど変化しないということなんですね。つまり,陽イオン分析では,陰イオンのように溶出順を変えるなんてことは難しいってことです。


実は,この問題は陰イオン分析でも同じなのです。どういうことかというと,陽イオンの分離対象は周期表での同族間の分離です。陰イオン分析でも同族間の分離を行いますが,同族のハロゲン化物イオン (F,Cl,Br,I) の溶出順は変化しないですよね。従って,アルカリ金属イオン間,アルカリ土類金属イオン間の溶出順は変わらないってことです。

 
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ということで,陽イオンの分離改善の話の入口まで入りましたが,陽イオンの保持機構に関しては判っていただけましたかな。大幅な分離の改善が難しいってことから入ってしまいましたが,まぁ,それなりに対応する手段がありますので,次回からは,陽イオン分析における分離の改善の具体的な話に入りましょう。

 
では,次回もお楽しみに…。

 

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