前回第拾話では,クロマトグラムのピーク形状の変形を引き起こすデッドボリューム,試料pH,試料濃度について話をしました。分離カラムが正常であってもピークの変形が生じるってことです。けど,ピークの変形のトラブルにおいて大きな問題となるのは分離カラムの劣化です。ということで,今回は,分離カラムの劣化の発生原因とその対処策について、ご隠居さんが詳しく解説します。
シーズン4 その拾壱(十一)
皆さん,こんにちはぁ~。お変わりないですか?
昨日は,久々に近所の散歩に出ました。三鷹周辺は結構な歴史がある土地なんです。縄文遺跡があって縄文土器が出土していますし,古墳だってありますよ。古くから人が住んでいたようなんですけど,ちゃんと記録に残っているのは江戸時代ですね。江戸城の天守閣が焼けちゃった明暦の大火 (振袖火事・丸山火事) の後に,神田連雀町の人が移ってきてから新田開発が盛んになったみたいです。また,三鷹の地名の由来となった徳川家のお狩場・お鷹場もあったんで,江戸時代以降のものは結構残っていますね。家に籠ってばかりじゃまずいんで,三鷹・武蔵野の歴史散歩でもしようかと思っています。面白いものを見つけたらご報告しますよ。
さて,今回は第拾壱話です。前回の続きで,ピーク形状の変形についてお話ししましょう。
前回第拾話では,ピーク形状の変形を引き起こすデッドボリューム,試料pH,試料濃度について話をしました。分離カラムが正常であってもピークの変形が生じるってことです。けど,ピークの変形のトラブルにおいて大きな問題となるのは分離カラムの劣化です。ということで,今回は,分離カラムの劣化の発生原因とその対処策についてお話ししましょう。
先ず,性能劣化した分離カラムのクロマトグラムから見ていただきましょう。図11-1に,性能劣化カラムのデータを示します。
図11-1左は,カラム充填剤に吸着する疎水性有機物を含む試料を連続して多数注入した後の標準液のクロマトグラムです。溶出時間の短縮はほとんどありませんが,すべてのピークがピーク割れしています。一方,図11-1右は,重金属イオンを含む試料を連続して多数注入した後の標準液のクロマトグラムです。★印の部分が,リン酸イオンと硫酸イオンのピークだと思われますが判別できなくなっています。
図11-2左は,図11-1右の重金属汚染の分離カラムのエンドフィッティングを外した時の写真で,入口フィルタが褐色になっています。図11-2右は,図11-1の疎水性有機物及び重金属で汚染した分離カラムの充填剤を抜き出した写真です。共に先端から約5 mmが着色しており,疎水性有機物汚染のものは黒褐色,重金属汚染のものは黄褐色に変色しています。
カラム充填剤に吸着性成分が吸着すると,イオン交換能がなくなってしまいます。吸着性成分の吸着は均一ではありませんので,試料成分の一部は分離カラム先端部分に捉まり,一部は先に進んでしまいます。その結果,ピーク幅が拡大したり,ピーク割れが生じたりします。また,吸着した成分と何らかの相互作用をする成分は,さらに極端な変形ピークになってしまいます。
カラム性能が低下した場合には,分離カラムの洗浄が必要です。分離カラムの洗浄条件はカラム充填剤の種類によって異なります。Metrohmが推奨する洗浄方法はICカラムカタログに記載されていますので参照してください。参考として,Metrosep A Supp 5 - 250/4.0の洗浄方法を下記に示します。
親水性イオンによる汚染:
a) 純水を通液 (0.3 mL/minで25 min)
b) 10倍の濃縮溶離液を通液 (0.3 mL/minで100 min)
c) 純水を通液 (0.3 mL/minで25 min)
d) 溶離液を通液 (0.3 mL/minで100 min)
親油性イオンによる汚染:
a) 純水を通液 (0.3 mL/minで25 min)
b) 5%アセトニトリルを通液 (0.3 mL/minで20 min)
c) 100%アセトニトリルを通液 (0.3 mL/minで60 min)
d) 50%アセトニトリルを通液 (0.3 mL/minで10 min)
e) 純水を通液 (0.3 mL/minで50 min)
f) 溶離液を通液 (0.3 mL/minで100 min)
分離カラム洗浄方法のポイントは下記のとおりです。
①イオン性の吸着成分による汚染は高濃度溶離液で洗浄
②疎水性の吸着成分による汚染は有機溶媒で洗浄
上記方法でカラム充填剤に吸着した吸着性成分をすべて洗い出せればいいんですが,汚染・吸着が酷い場合には,容易に洗浄することはできません。図11-3は,疎水性有機物の吸着によって性能劣化した分離カラムの洗浄結果です。アセトニトリルを添加した溶液を洗浄液とし,4回洗浄を行いましたが復活しませんでした。ピーク形状,ピーク高さはかなり元に戻っていますが,硝酸イオンの溶出は遅く,リン酸イオン及び硫酸イオンの溶出は早くなっており,分離パターンは復活していません。
上記のように,カラム洗浄は万能ではありません。図11-1のようになってからじゃ遅いんです。早め早めに対応するようにしてくださいね。
ここで,もう一度図11-2を見てください。図11-1のようなひどいクロマトグラムになっても,カラム充填剤の先端から5 mm程度しか汚染・着色されていないんです。ピーク形状の変形が観察され始めた状態では,恐らく1 mm程度の汚染・着色ではないかと思います。このことから,ガードカラム (長さ5 cmが標準) を付けておけばよいということになります。ガードカラムには分離カラムと同じカラム充填剤が充填されています。つまり,汚染はガードカラムで止めてくれるため,高価な分離カラムを駄目にしないで済むということになります。ということで,ガードカラムは接続して測定するようにしてくださいね。
Metrohmでは,Metrosep S-Guard及びMetrosep Guardという2種類のガードカラムを販売しています (図11-4)。Metrosep S-Guardは接続配管を用いて分離カラムと接続するものです。一方の,Metrosep Guardは分離カラムのエンドフィッティングに直接ねじ込んで接続するもので,前回お話ししたデッドボリュームが発生しないようになっています。Metrohmでは,Metrosep Guardの使用を推奨しています。
ガードカラムを接続していれば分離カラムを保護することができるんですが,吸着性物質はガードカラムのカラム充填剤に吸着しますので,ガードカラムが汚染されれば図11-1のような溶出時間変動やピーク変形が生じてしまいます。溶出時間変動やピーク変形が観察されたら,先ずガードカラムを外して,分離カラムだけで標準試料を測定して分離カラムの性能チェックをしてください。分離カラムの性能が低下していたら残念ながらセットで交換です。分離カラムの性能に異常が無ければガードカラムの洗浄を行ってください。洗浄後,分離カラムを接続して性能に異常が無ければ,継続して測定に使用して問題ありません (図11-5)。
ガードカラムの洗浄方法は,基本的に分離カラムの洗浄方法と同じですが,カラム長さが短いので,洗浄液の通液時間は1/5~1/10にしてください。但し,ガードカラム入口側のカラムフィルタが目詰まりしている可能性が高いので,洗浄前に逆方向から流量0.3 ~ 0.5 mL/minで溶離液を5~10 min通液してください (図11-6)。尚,分離カラムの洗浄時も同じですが,洗浄廃液はサプレッサや検出器に入れないように,ビーカーなどで受けるようにしてください。
ガードカラムの使用,早めのガードカラム洗浄で高価な分離カラムを守ることができますが,吸着性成分を含む試料は固相抽出カートリッジ等で事前に除去するべきです。Metrohmで販売しているICサンプル前処理カートリッジは第玖話に示してあります。
吸着性の疎水性有機化合物の除去には,ポリスチレンゲルを充填したIC-RPを用います。また,IC-C18もIC-RPと同様に疎水性有機化合物の除去に用いられますが,基材がシリカゲルですのでpHが2~8の試料溶液の前処理に使用してください。重金属イオンの除去には,IC-HあるいはIC-Naを用います。陽イオン交換モードで重金属イオンを除去することができます。試料溶液のpHが酸性の場合にはIC-Naを用いると試料中和も同時に行うことができます。尚,固相抽出カートリッジからのイオンの溶出がありますので,事前に純水10-20 mLで通液洗浄した後に,試料溶液を負荷してください。固相抽出法に関しては,第玖話の他,シーズン-II第漆話・第捌話・第玖話も併せて参照してください。
吸着性成分が含まれるかどうかの判断は難しいのですが,このような場合には,試料の起源・由来を調べてみてください。試料の起源・由来から前処理をすべきかどうかの判断をします。どうすべきか判断がつかない,有ったとしても微量であるという場合には,試料を可能な限り希釈して測定してください。また,第玖話で紹介した吸着性物質除去用ガードカラムMetrosep RP 2 Guardを付けることをお薦めします。Metrosep RP 2 Guardでは,カラム充填剤に吸着する疎水性有機化合物の他,微粒子や酸化鉄等の沈殿性物質の除去も可能です。
最後に有機溶媒の話をしておきましょう。
有機溶媒試料を直接注入できるかどうかは,カラム充填剤の特性に依存します。Metrosep A Supp 4,A Supp 5,A Supp 7及びA Supp 10では,メタノール,アセトニトリル,アセトン等の極性有機溶媒を溶離液に添加 (0~100%) することができます。従って,有機溶媒試料を直接注入できるということになります。しかし,シーズン-IIIの第陸話でお話ししたように,溶離液に有機溶媒を添加することより分離の調節ができます。つまり,有機溶媒リッチな試料を注入すると溶出時間の変動が発生する恐れがあります。カラム先端での捕捉状態が変わりますので,ピークの変形だって起きる恐れがあります。また,有機溶媒による分離や検出への干渉も心配です。従って,有機溶媒を高濃度に含む試料は,純水で希釈して有機溶媒濃度を20%以下にした後に測定してください。この時,純水希釈によって沈殿や濁りが無いかを必ず確認してくださいね。また,溶離液に有機溶媒を添加して,試料中の有機溶媒の干渉を低減するようにしてください。
しかし,有機溶媒中の微量イオンを測定する場合には希釈することはできませんよね。こんな測定をするための手法として,濃縮カラム法を活用したマトリックス除去法があります。インラインマトリックス除去-イオンクロマトグラフ (IME-IC) のシステム構成を図11-7に示します。
IME-ICの操作工程は基本的に濃縮カラム法と同じですが,陰イオンを濃縮カラムに捕捉・濃縮した後に,適切な洗浄液を通液してトラップカラム内に残存する有機溶媒を溶出させる工程が加わります。試料である有機溶媒を分注器-1で計量し,トラップカラムに注入して測定対象イオンを捕捉濃縮します。その後,分注器-2からSample Processorに供給されている純水を分注器-1で計量 (純水量は有機溶媒種により調節) してトラップカラムに送液し,トラップカラム内に残存した有機溶媒を洗浄・溶出します。洗浄液として用いる純水はイオンを溶出させる能力を持っていないため,測定対象イオンは濃縮カラムに保持されたままです。トラップカラムの洗浄後,6方切り替えバルブを切り替えて,溶離液でトラップカラムに捕捉・濃縮された陰イオンを溶出させ,分離カラムに導入して分離を行います。検出は電気伝導度検出器で行いますが,炭酸ガスの影響を抑えるため炭酸サプレッサを接続しています。
図11-8は,IME-ICにより測定したイソプロピルアルコール (IPA) 及びアセトン中の陰イオンのクロマトグラムです。濃縮カラムへの注入量は,それぞれ2000 µL及び1500 µLです。濃縮カラムの洗浄には純水2 mLを用いました。共にsub-µg/Lの陰イオンが検出されています。
IPAやアセトン等の極性有機溶媒は水と全領域で混和しますので,直接注入しても性能劣化を引き起こすことはありません。しかし,水と混和し難い有機溶媒はカラム性能の低下を引き起こす恐れがあります。このような試料の測定にもIME-ICは有効です。図11-9に,酢酸エチル中の陰イオンの測定例を示します。酢酸エチルの溶解度は80.0 mg/Lです。図11-9左は酢酸エチルを純水で20倍希釈して分離カラムに注入 (20 µL) した時のデータですが,陰イオンは酢酸エチルに基づく巨大ピークに埋もれています。酢酸エチルにmg/Lレベルの標準液を添加してみると,溶出時間が若干ズレていますが陰イオンのピークは検出されています。そこで,IME-ICを用いて20倍希釈した酢酸エチルを測定したところ,µg/Lレベルの陰イオンを検出することができました (図11-9)。尚,濃縮カラムの洗浄には純水4 mLを用いました。
今回は,ピークの変形に関する話の続きで,分離カラムの性能劣化に基づくピークの変形の対策についてお話をしました。高価な分離カラムを劣化させないため,ガードカラムの接続,前処理の励行は必須です。測定する前に,試料の起源・由来を調べて,どう対応すべきかをよく考えてください。ちなみに,私はカラム性能が若干低下した分離カラムを何本も残しています。これらの分離カラムは壊れても構いませんので,対応に迷った試料のお試し測定に使用しています。また,マトリックスの妨害度合いの判断や,前処理が適正かを判断する場合にも使用しています。壊れても構わないと思うと大胆な行動ができますので・・・
次回は,ピーク面積の変動の原因と対策についてお話ししようかと思っています。
それでは,また・・・
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