イオンクロマトグラフィにおいて,水は必須条件であり根源です。ということで,今回は水の話をしましょう。純水の品質や取り扱いはピーク面積値の変動においても重要な話題です。
シーズン4 その拾貳(十二)
皆さん,こんにちはぁ~。お変わりないですか?
前回,三鷹には結構な歴史があるって話しましたよね。縄文時代からの歴史があって,立派な古墳があるんです。国立天文台 (旧東京天文台) の敷地内に,「天文台構内古墳」という名称の古墳があります。高さは3 m位なんですが,周溝を持った上円下方墳です。府中市の甲州街道沿いにある武蔵府中熊野神社古墳も同じ上円下方墳です。天文台構内古墳にはちゃんとした切石積みの横穴式石室があって,7世紀の須恵器や土師器が壊れない状態で発見されているんです。
天文台構内古墳がある三鷹市南部は国分寺崖線の北壁 (THE NORTH FACE) です。国分寺崖線は多摩川に沿って存在する河岸段丘の一つで,立川市から野川に沿って約30 km先の大田区の田園調布付近まで繋がっています。国分寺崖線沿いには,等々力渓谷横穴墓群,野毛大塚古墳等の野毛古墳群,宝莱山古墳や亀甲山古墳等の田園調布古墳群があります。世田谷区側はまだ行っていないところが多数あるので,機会を見て挑戦しようと思っています。
さて,今回は第拾貳話です。前回お話ししましたピーク形状の変形とも関係しますが,今回からはピーク面積の再現性についてお話ししましょう。第捌話及び第玖話でお話しした溶出時間と共に,ピーク面積は分離分析において定性と定量の重要なパラメータですので,少し時間 (回数) をかけてお話をしたいと思います。お付き合いの程宜しくお願い致します。
ピーク面積値の再現性が悪い,ピーク面積値が増加/減少したっていうトラブルに巡り合った人は結構おられると思いますが,その現象・症状は多種多彩です。例えば,ピーク面積が減少したといっても,一日の内で変化したのか,前日と比べてなのか,そして徐々になのか,急激に変化したのか,さらには一旦減少して暫くして復活したとか,等いろいろありますね。当然,これらの原因は違っているだろうということは容易に想像できると思います。また,複数の測定対象成分が同じような比率で一斉に減少したのか,特定成分のみが変化したのかによっても原因は異なるでしょう。実際のトラブルは,複数の要因が絡み合ってその現象を見せている場合も多々あります。さらに,見掛けの現象の直接的な原因は明確でも,実際にはその奥にあるものが真の原因であって,真の原因に気が付かずに放置されたままだったら何度でも再発してしまいます。今回の話題であるピーク面積の変動には複数要因が重なっていることが多く,一義的に原因を決め付けることができません。また,すべてを把握することも困難であるため,可能性の高い要因・原因に絞って話を進めさせて頂きます。本題に入る前に第壱話でお話ししました “イオンクロマトグラフィ固有の特異的な問題” を思い出してください。以下の3つでしたね。すべて当たり前のことのなんですが,ピーク面積値に関わるトラブルに関してもこれらが関係してきます。もう一度第壱話を読み直して頂けるとよいのですが・・・
① イオンクロマトグラフィの測定対象は無機イオン・有機酸 測定対象
② 測定対象イオンの分離はイオン交換モード 分離機構
③ 分離されたイオンの検出は電気伝導度検出 検出手法
第壱話に分離分析におけるトラブルの原因比率のグラフを示しましたが,イオンクロマトグラフィにおけるトラブル原因はHPLCやGCと基本的に同様で,”オペレータによる操作ミス” と ”装置・カラムの不具合” が大きな原因です。第拾壱話までの話はこの2つが主な原因でした。しかし,上記の “イオンクロマトグラフィ固有の特異的な問題” を考えると,第貳話でお話しした ”汚染” を無視できないでしょう。そして,この ”汚染” がピーク面積の再現性に大きく関与しているということは容易に想像できると思います。
さて,本シリーズに入ってからはまだ水の話をしていませんね。イオンクロマトグラフィにおいて,水は必須条件であり根源です。ということで,今回は水の話をしましょう。
イオンクロマトグラフィで使用される “水” は,”超純水 (Ultrapure Water: UPW)” ですね。個人的には “超純水” って言葉があまり好きじゃないんです。”純粋な水” を超える水って一体何なんですかね?”純粋” を超える “純粋な化合物” なんであるわけないので,高純度に精製された水はすべて “純水 (Pure Water)” でいいんじゃないの,なんて現役中には思っていたんですがね。
といっても,JIS用語にも採用されましたし,精製する装置は “超純水製造装置” ですので,この用語を使うなとは言えませんし,“超純水製造装置” のメーカーにも知り合いが結構いますしね・・・ まぁ,最近は,旧来の純水の品質を超える水ってことなんだと,自分自身に言い聞かせています。
表12-1に純水の種類と比抵抗及び全有機炭素量 (TOC) を示します。蒸留水もイオン交換水も純水なんですが,処理法によって特性・物性値が大きく違います。超純水中には,イオンも有機物もほとんど含まれていないんです。
表12-1 純水の種類と比抵抗及び全有機炭素量 (TOC)
図12-1に,濃縮カラム法で測定したイオン交換水及び超純水中の陰イオンのクロマトグラムを示します。塩化物イオン,硝酸イオン,硫酸イオンが検出されていますが,精製法が異なると明らかにイオン濃度が違うということが判ると思います。このことは,微量分析においては,精製法・品質の異なる水を取り違えて試料を調製してしまうと大きな誤差 (ピーク面積値の増減) を生んでしまうことになります。
超純水の比抵抗は18 MΩ•cm以上とされていますが,純粋な水 (H2O),つまりイオンをまったく含んでいない水の比抵抗は18.248 MΩ•cmになるそうです。超純水製造装置ではこの比抵抗値に近い品質の水が作られ,実際,超純水製造装置が正常に動作していれば比抵抗18.2 MΩ•cm以上の水を得ることができます。
超純水製造装置も使用していれば比抵抗値が低下してきます。比抵抗値がいくつまで使ってよいのかってよく聞かれます。純水の比抵抗値と塩濃度との関係に関する報告を基に比抵抗値と塩化ナトリウム (NaCl) 濃度との関係を作成したのが図12-2左です。超純水は比抵抗18 MΩ•cm以上とされていますが,図12-2左から,18 MΩ•cmでは0.31 µg/L (0.19 µg Cl–/L),比抵抗17 MΩ•cmでは1.72 µg/L (1.04 µg Cl–/L),比抵抗15 MΩ•cmでは5.57 µg/L (3.38 µg Cl–/L) となります。これらの結果から,比抵抗値が17 MΩ•cm以上の水を用いていれば,十µg/Lレベルの塩化物イオンの測定ではピーク面積への影響はほとんどないってことになります。
上述の通り,数字上は比抵抗値が17 MΩ•cm付近までは使えるってことになるんですが,私は,安全サイドで考えて,17.8 MΩ•cm (0.31 µg NaCl/L, 0.19 µg Cl–/L) まで使ってよいと答えるようにしています。但し,精製カートリッジの劣化は加速度的 (指数関数的) に進んでいきますので,比抵抗値が18 MΩ•cmを割ったら速やかに精製カートリッジを交換すべきです。このレベルで超純水を管理しておかないと,一桁µg/Lレベルの塩化物イオンの測定や,濃縮カラム法に対応することができません。微量分析ではブランク値が定量値に大きな影響を与えますし,容器や器具の洗浄においても高純度の純水を用いる必要がありますので・・・
超純水製造装置では比抵抗18 MΩ•cm以上の水を得ることができるんですが,この値は超純水製造装置内部での測定値ですので,超純水製造装置の採取口から採取した超純水の比抵抗値ではありません。
超純水中にはイオンも有機物もほとんど入っていないため,採取した傍から容易にかつ迅速に汚染してしまいます。採取した超純水を開放放置しておくと,図12-2右に示す通り,環境中のイオン性成分が溶け込んで短時間に比抵抗値の低い水になってしまいます。従って,純水タンクに貯留したり,洗瓶に採り置いたりした超純水はもはや超純水と呼ぶことはできず,イオン交換水と同等,あるいはそれよりも品質の低い水となってしまいます。
ガードカラムを接続していれば分離カラムを保護することができるんですが,吸着性物質はガードカラムのカラム充填剤に吸着しますので,ガードカラムが汚染されれば図11-1のような溶出時間変動やピーク変形が生じてしまいます。溶出時間変動やピーク変形が観察されたら,先ずガードカラムを外して,分離カラムだけで標準試料を測定して分離カラムの性能チェックをしてください。分離カラムの性能が低下していたら残念ながらセットで交換です。分離カラムの性能に異常が無ければガードカラムの洗浄を行ってください。洗浄後,分離カラムを接続して性能に異常が無ければ,継続して測定に使用して問題ありません (図11-5)。
超純水の汚染が容易に発生するということは,超純水の採取中にだって汚染が発生してしまうかもしれません。そのため,超純水は適正な採取方法で採水しなければなりません。超純水の採取方法に関しては,日本産業規格JIS K 0556 超純水中の陰イオン試験方法に規定されています。下記に,JIS K 0556記載の方法に基づいた超純水の採取方法を示します。
超純水の採取容器には,硬質ガラス製,ポリエチレン製,ポリプロピレン製,ポリスチレン製等の気密容器を用います。容器を洗浄するには,容器容量の約1/4量の採取する水を容器の壁面を伝わらせて入れ,栓をして約30秒間激しく振り混ぜて洗浄します。この操作を5回繰り返します。採取しようとする水を容器の口まで満たし,密栓して16時間以上放置します。その後,封入した水をすべて捨て,すぐさま採取しようとする水を容器の口まで満たし,密栓して超純水採取まで放置します。試料容器や標準溶液用容器もこの洗浄方法に従って洗浄し,必ず使用直前まで超純水を封入しておいてください。
超純水の採取ですが,まず超純水製造装置の採取口に,超純水で十分に洗浄した採取導管を取り付けます。採取容器に封入されていた水を捨て,採取導管から出てくる超純水で容器内部を十分に濯ぎます。試料容器の底部に採取導管の先端が接するようにして,超純水の採取を開始します。採取導管が採取容器の底から大きく離れた状態で採取すると,泡立って空気を巻き込んで汚染が発生してしまいます。目的の採取量を採取し終えたなら密栓をして使用するのですが,濃縮カラム法のブランク水として使用する超純水の場合には,採取量に達した後も超純水を出し続け,採取容器の容量の約5倍量を流出・溢れさせた後,採取導管を取り出し,超純水で十分に洗浄した栓で密栓して測定に供します。
採取時の汚染をさらに低減するには,図12-3右のように吸引鐘等で覆いを作り,その中に採取瓶を入れて採取するとよいと思います。また,段ボールやプラスチックケースで採取環境全体を覆うというのでもよいと思います。
超純水は,イオンクロマトグラフィにおける最も重要なキー要素で,超純水との付き合い方ひとつで定量精度が変化してしまいます。特に,微量分析では,純水の品質や採取法でピーク面積 (定量値) の変動が生じてしまいます。当然,ブランク水だけでなく測定試料や標準液の調製,さらには溶離液の調製にも十分な気遣いが必要です。メスフラスコ (全量フラスコ) を用いて定容する場合,タンクや洗瓶に貯め置いた超純水を用いずに,超純水製造装置の採取口から全量フラスコの壁面を伝わらせるようにして直接採取してください。標線に合わせる場合や,小容量の全量フラスコを用いている場合には洗瓶を使わざるをえませんが,洗瓶内の古い水は捨てて,新たに採取した超純水を用いてください。尚,洗瓶の洗浄ですが,容器材質は軟質樹脂ですので可塑剤・軟化剤等の添加物が入っている恐れがあります。洗浄方法は上述の採取容器の洗浄方法と同じですが,密栓して16時間以上放置した後,封入純水の入れ替え,という操作を最低でも3回くらい行ってください。
図11-8は,IME-ICにより測定したイソプロピルアルコール (IPA) 及びアセトン中の陰イオンのクロマトグラムです。濃縮カラムへの注入量は,それぞれ2000 µL及び1500 µLです。濃縮カラムの洗浄には純水2 mLを用いました。共にsub-µg/Lの陰イオンが検出されています。
今回からは,ピーク面積値の変動に関する話を複数回にわたっていたします。第一回目は超純水ってどんなものかってことについて話をいたしました,純水の品質や取り扱いはピーク面積値の変動においても重要な話題ですのでしっかり理解しておいてくださいね。次回は,ピーク面積の変動の原因について考えてみましょう。
それでは,また・・・
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