貯留した超純水が細菌や微生物で汚染されることが原因による、イオンクロマトグラフィのピーク面積値の変動についてお話ししています。
シーズン4 その拾睦(十六)
こんにちはぁ~。お元気ですかぁ~?
前回,三鷹市新川にある柴田勝家が祭られている勝淵神社 (勝淵明神) に行ってきた話をしましたね。ちょいと長い距離でしたが,バスに頼らず自力で歩いて行ってきたんですよ。まぁ,年寄りの足でも,吉祥寺駅から1時間足らずですから何とかなりますね。
今回は,武蔵小金井にある小金井神社に行ってきましたよ。武蔵小金井駅から歩いて20分位ですかね。ほぼ下り坂なので楽でしたよ。小金が井戸から溢れるように沸いてくるなんて思っていましたが,小金井の地名が先にあって小金井神社になったそうです。学問の神様,菅原道真公が祭神でした。その後,野川に沿ってぶらぶら歩き貫井神社へ。前に書いた国分寺崖線にありますので湧き水があり,名水の地とされ,白蛇伝説もあります。散歩の最後は,国分寺崖線の坂道を登って滄浪泉園です。公共の施設は月曜定休が多いので,行く日を火曜日にずらしたんですが,ところがところが休園です。なんと言うことか火曜日が休園日でした。ショック! また,機会を見て訪問ですな。
さて,今回も汚染の話ですが,これまでとはチョイと視点の違う話です。思いも寄らぬところから忍び寄る禍って話ですよ。
第拾貳話のピーク面積の再現性 -1では超純水の話をしました。超純水の品質に関する話はイオンクロマトグラフィの生命線ですので,もう一度読んでいただきたいのですが・・・
まぁ,もう一度要点を簡単にお話ししておきましょう。超純水は,”純物質の水” に近いくらいに高度に精製された水ということですね。純物質に近いくらいですので,超純水中にはイオンも有機物もほとんど入っていないということです。逆に見れば,超純水は容易にかつ迅速に汚染してしまうということです。汚染は採取してる傍から発生し,空気中の水溶性成分を溶かし込んでしまいます。塩化物イオンでは,採取中に数μg/L (ppb) の汚染が発生することがあります。当然,採取した超純水を放置しておくと,汚染が生じて短時間に比抵抗値の低い水になってしまいます。図12-2右にも示しましたが,図16-1に採取した超純水の比抵抗の経時変化,及び全有機炭素 (TOC) の経時変化を示します。比抵抗,TOC共に短期間に悪化し,1日も経過したものはイオン交換水と同等,あるいはそれよりも品質の低い水となってしまいます。
環境中の成分やラボで使用された揮発性成分が超純水に溶け込めばピーク面積値が増加してしまいますが,環境の状態 (≈ 汚染度合い) は日々変化していますのでピーク面積値の再現性にも影響します。従って,試料調製は採取したての超純水を用いて行い,間違っても貯留した超純水 (もはや超純水ではないですが・・・) で調製してはいけません。
図16-2に,純水タンクに貯めておいた超純水 (貯留水と呼びます) で調製した陰イオン混合標準液の調製直後,及び7日間経過後のクロマトグラムを示します。7日間経過後のクロマトグラムでは,酢酸イオンのピークが消失し,ギ酸イオンのピークも減少しています。試料汚染が発生した場合にはピーク面積値は増加しますが,図16-2の結果では逆に減少しています。さて,この原因は・・・
ピークの消失原因に関してはいくつか考えられるんですが,図16-2で示した陰イオン混合標準液は貯留水で調製したものですので,細菌・微生物の汚染が原因ではないかと推定されます。有機酸は細菌・微生物の餌ですので,酢酸イオンやギ酸イオンのピークが消失・減少しても不思議ではありません。純水の細菌汚染については研究されている方がおりますので,図16-3にその結果を示します。どうですかぁ!有機物がほとんどない蒸留水や超純水中でも細菌・微生物は繁殖するんです。これでは,有機酸イオンが減少しても不思議じゃありませんね。尚,図16-2で示した陰イオン混合標準液は冷蔵庫中で保管されていたものですが,一旦細菌汚染されてしまったものを冷蔵庫に入れても細菌・微生物が死ぬことはありませんので,貯留水での試料調製は厳禁ということです。
ピークの減少の原因は,上述の細菌・微生物汚染の他,成分の揮発や分解,容器への吸着等が考えられます。そして,試料濃度が低いほどその影響は大きくなります。
図16-4に,微量イオンを濃縮カラム法で連続測定した時のピーク面積値の経時変化を示します。4種イオン共,時間経過に伴い僅かに減少していますが,試料濃度が0.5 µg/L (ppb) ですのでかなり良好な結果だといえます。
図16-5には,図16-4と同じ条件で測定した時の亜硝酸イオンと硝酸イオンのピーク面積値の経時変化を示します。尚,図中の白丸 (○) は亜硝酸イオンと硝酸イオンとのピーク面積値の合算値です。亜硝酸イオンは10時間を経過するとピーク面積値が減少し,23時間後には消失しました。一方,硝酸イオンは10時間経過後からピーク面積値が増加し,23時間後に最大値を示し,その後は減少しました。何が起きているんですかね。
亜硝酸イオンのピーク面積が減少するにつれて硝酸イオンのピーク面積が増加するという現象はさほど不思議ではありません。亜硝酸イオンが酸化されて硝酸イオンに変化したと考えることができます。このような現象は,亜硫酸イオンやチオ硫酸イオンの測定においても観察されます。亜硫酸イオンやチオ硫酸イオンのピーク面積が減少し,硫酸イオンのピーク面積が増加するという現象です。
しかし,単純に亜硝酸イオンの酸化が原因だとすると,亜硝酸イオンと硝酸イオンとのピーク面積値の合算値 (○) は一定になるはずです。亜硝酸イオンが消失した23時間以降では硝酸イオンのピーク面積値が減少していきますので,単純な酸化が原因であるとは言えません。硝酸も蒸気圧が高く揮発します (第貳話,第拾参話) ので,揮発が原因で減少したと考えることもできます。また,窒素も細菌・微生物の餌ですので,細菌・微生物汚染によりこのような変化が生じたものと考えることもできます。細菌・微生物により硝酸イオンが消費されてピーク面積値が減少したということです。ひょっとすると,亜硝酸イオンの酸化にも細菌・微生物が関与しているかもしれません。
一般に,再現性を議論するときには相対標準偏差RSDを用いて表します。表16-1に,図16-4及び図16-5の結果を基に求めた各イオンのピーク面積値のRSD %を示します。塩化物イオンと硫酸イオンは35時間連続で4%以下と良好でした。臭化物イオン及びリン酸イオンはそれぞれ6%及び10%ですが,試料濃度が0.5 µg/L (ppb) ですのでかなり良好だといえます。一方,亜硝酸イオン及び硝酸イオンはそれぞれ92%及び15%ですので論外ですね。ただ,10時間以内でみると,共に3%以下ですので良好な結果です。いずれにしろ,低濃度試料は非常に不安定ですので,必ず用事調製するようにしてくださいね。
図16-6に,濃縮カラム法で連続測定した微量有機酸イオンのピーク面積値の経時変化を示します。酢酸イオンとギ酸イオンのピーク面積値は時間経過につれて徐々に減少し,35時間後にはほぼ消失しました。酢酸イオンとギ酸イオンのピーク面積値の減少度合いを比較するため,初期値を100として相対面積値の変化を調べたところ変化度合いはほぼ同じでした (図16-7)。酢酸イオンとギ酸イオンのピーク面積値の減少の原因は,試料溶液からの揮発,あるいは細菌・微生物による消化が考えられますが,ここで示した結果からは特定することはできません。
一方,シュウ酸イオンのピーク面積値はほぼ一定で変化せず,グリコール酸イオン (ヒドロキシ酢酸イオン) のピーク面積値も約30時間まではほぼ一定の値でした。これらの有機酸は防腐剤的な働きをしますので,細菌・微生物による消化の影響を受けにくかったものと推定されます。
表16-2に,図16-6から求めたピーク面積値の相対標準偏差RSD %を示します。酢酸イオンとギ酸イオンのピーク面積値のRSD %は50%以上ですが,10時間以内では5%以下です。ただ,10時間以内でも明らかな減少が観察されていますので,このような傾向を示すものをRSD %で議論しても意味がありません。一方,シュウ酸イオンは35時間で1.22%,グリコール酸イオンは25時間以内では2.46%ですのでかなり安定していることが判ります。
今回も汚染の話でしたが,細菌・微生物汚染が原因と思われる現象を紹介しました。今回紹介したほかにも,細菌・微生物汚染によりシュウ酸イオンが出現したり,フッ化物イオンの直後に複数の微小ピークが観察されたりといった現象もあります。ピーク面積値の増減,未知ピークの出現等に細菌・微生物が関与していることは確かだと思うんですが,細菌・微生物が原因であると限定することは困難です。そのため,使用する純水の品質管理や器具・容器の洗浄等には細心の注意を払ってください。特に,水はイオンクロマトグラフィにおける生命線ですので,必ず採取したての超純水を用いて試料調製を行ってください。次回も,汚染によるピーク面積の変動についての話になると思います。
それでは,また・・・
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