イオンクロマトグラフは、誰でも容易に扱うことができますが,環境からの影響を受けやすいため,イオンクロマトグラフィを上手く使いこなすには設置場所・設置環境にも十分配慮する必要があります。
今回はICの設置環境についてご隠居さんが解説します。
シーズン4 その弐(二)
こんにちは.皆さぁ~ん,お元気でやっていますか?
『ご隠居達のIC四方山話』シーズン-IV第貳話です。第壱話は,ICを上手く使いこなすためには,“イオンクロマトグラフィ固有の特異的な問題” の起源であるイオンクロマトグラフィの基礎基本をしっかり身につけましょうって話でしたね。イオンクロマトグラフィには固有の問題があり,それらを十分に理解した上で操作していれば大きなトラブルを避けることができます。当然,もし何らかのトラブルが発生した場合にも,比較的短時間に原因に辿り着き,適切な対応をすることができるはずです。この3要素は,今回のシーズン-IVにおけるキーワードです。
さて,第貳話はイオンクロマトグラフの設置場所について考えてみましょう。
一般に,研究所や試験所では,イオンクロマトグラフは機器測定室に設置されることが多いと思います。機器測定室にもいろいろあり,他のクロマトグラフィ関連装置と一緒に置かれることもあれば,無機測定室として原子吸光光度計やICP発光分光分析装置,さらには吸光光度計等と同じ部屋に置かれることがあります。一方,生産管理に用いられる場合には,生産管理グループの居室の近くの部屋に置かれることもあれば,生産ラインの傍の検査室に置かれることもあります。また,大学等の教育機関では,比較的広い一般実験室の端のほうに設置されているのをよく見かけます。このように,職種や用途によって設置場所は大きく異なっています。
イオンクロマトグラフィの原理は簡単で,装置構成も比較的シンプルです。誰でも容易に扱うことができますが,環境からの影響を受けやすいため,イオンクロマトグラフィを上手く使いこなすには設置場所・設置環境にも十分配慮する必要があります。
下記のような測定室があったと想定してください。4つの実験台がありますが,何処にイオンクロマトグラフを設置すればよいでしょう。これが今回の問題です。
イオンクロマトグラフの設置においても,第壱話の三要素が大きく関係してきます。第壱話で示した “イオンクロマトグラフィ固有の特異的な問題” をもう一度下記に示しておきます。
① イオンクロマトグラフィの測定対象は無機イオン・有機酸 測定対象
② 測定対象イオンの分離はイオン交換モード 分離機構
③ 分離されたイオンの検出は電気伝導度検出 検出手法
イオンクロマトグラフの設置場所につい三要素の順に考えてみましょう。先ず,測定試料,すなわち試料汚染の話からです。
第壱話で述べたように,我々の身の回りには様々なイオン (水に溶けてイオンとなるものも含む) が飛び回っています。窒素酸化物 (NOx),硫黄酸化物 (SOx),ハロゲン化水素 (HX),ハロゲンガス (X2),アンモニア (NH3) ですね。一方,アルカリ金属やアルカリ土類金属はガスにはなりませんが粉塵中に含まれています。従って,イオンクロマトグラフはこれらの影響を受け難い場所に設置しなければなりません。
第壱話でお見せしたデータは,下図の実験室入口A,実験室中央B及び実験室奥Cの3か所で採取したデータです。これら3か所の吸収液の陰イオンのデータをもう一度示します。実験室入口Aよりも実験室奥Cのほうが汚染度合いが低いことが判ります。実験室入口では人の出入りによる汚染があるため,微量分析 (数十 µg/L以下) をする場合には奥のほうに設置する必要があるということです。但し,実験室奥には窓がありますので,窓は絶対に開けない,直射日光を避けるためシェード・ブラインドを付ける等の対策が必要ですね。
もう一つ注意しなければならないのは,実験で使用する試薬の取り扱いです。粉の試薬を飛散させてしまうなんてことはないと思いますが,揮発性の高い試薬は蓋を開けただけで室内に揮散して試料汚染の原因となります。揮発性試薬の蒸気圧は第壱話に示してありますが,塩酸,硝酸,酢酸,ギ酸,アンモニア,アミン類等は揮発性が高く試料汚染の原因となります。室内に揮散した試薬は,空気の中だけでなく壁等に吸着して室内残存します。壁に吸着した揮発性試薬は,湿度や温度変化により空気中に放散しますので数日間汚染が続くことがあります。
第壱話でお見せした実験室内の汚染度合い評価データの内,陽イオンのデータでは3か所すべてでアンモニウムイオンが同程度 (0.12 mg/L) 検出されています。この時のアンモニア水は室内汚染評価用純水を上記3か所に設置する前日にドラフト内で使用したのですが,揮発性が高いため室内全域に揮散して汚染を引き起こしたものと考えられます。揮発性の高い試薬を使用する場合にはドラフト内での使用が必須ですが,操作に支障が出ない範囲でドラフトのガラス窓を下げて操作し,使用後も暫く排気を続けて (時には終夜運転) おく必要があります。
当然,揮発性溶媒を開封放置しておくと簡単に試料汚染が発生してしまいます。そこで,塩酸,硝酸,ギ酸,酢酸を入れたサンプルスピッツの間に,純水を入れたサンプルスピッツを置いて汚染度合いを調べました (図2-3)。純水のサンプルスピッツは,キャップ無しの他,新品のキャップを付けたものと一回使用したキャップを付けたものの3種類を用意しました。結果は図2-3の通り,キャップ無しでは塩化物イオンは1.2 mg/L,その他のイオンはsub-mg/Lもの汚染が生じています。一方,新品のキャップを付けたものでは,塩化物イオンはsub-µg/L,ギ酸は2 µg/Lで,酢酸と硝酸は検出されていません。この結果からは,新品のキャップを付けていれば安全ということになってしまいそうですが,そうは問屋が卸してはくれません。たった一回針が通っただけのキャップでも数十µg/Lの汚染が生じていることを見れば判るように,スピッツキャップの開閉時に汚染が起きてしまうということを意味しています。従って,揮発性試薬は測定室には持ち込まないようにしてください。
これらの結果からもわかるように,イオンクロマトグラフは,可能な限り試薬調製室から離れたところに設置してください。また,測定室,試薬調製室共に,常に換気・排気を行い,試薬調製室には扉を取り付けて測定を行う部屋とは隔離するようにしてください。
次は,分離機構の問題ですね。
イオンクロマトグラフィでは,イオン交換相互作用 (静電相互作用) を利用して分離を行います。用いられるイオン交換樹脂のイオン交換容量は,一般に純水製造等に用いられるイオン交換樹脂の1/10~1/100に低く抑えられています。このような低イオン交換容量のイオン交換樹脂を用いる場合には溶離液の微小変化で溶出時間が変動してしまうという問題が生じるということを第壱話でお話ししましたが,測定温度の変化にもかなり敏感です。温度変化によりイオンの解離性が変化しますので,溶離液の溶離力やイオンの保持力が変化します。また,分離平衡の速度も温度に依存します。
測定温度の溶出時間に与える影響は,分離カラム (カラム充填剤) の種類によって大きく異なります。図2-4に2種の分離カラムにおける温度依存性を示しますが,変化の度合い (変化率) が異なることが判りますよね。イオンによっても動き方が違いますので,裏返してみれば,カラム温度は分離の改善策として利用することが可能です。図2-4は10°Cずつ変化させたときのデータでしたが,実際の設置環境でこんなにも温度が変化することはありません。せいぜい±2°C程度です。そこで,図2-5に,カラム温度を2°Cずつ変化させたときのデータを示します。硫酸イオンでは,40°C→36°Cで1.30%,40°C→44°Cで1.12%の変化です。通常,ピーク認識幅は3~5%に設定されていますのでピーク誤認は生じないと思いますが,再現性という視点からはちょっと問題です。精度良い測定を目指すには,環境温度の変化が少ない場所,日の当たらない場所にイオンクロマトグラフを設置すべきです。また,カラム恒温槽の使用も必要です。
最後に検出法の問題です。
一般に,イオンの検出にはイオンの導電性に基づく電気伝導度検出法が用いられますが,電気伝導度は温度依存性が高いため,温度変化によってピーク高さ (ピーク面積) やベースラインノイズが変化してしまうといった問題があります。表2-1に,塩化カリウムと塩化ナトリウムの導電率と温度係数を示します。温度係数はイオン種や溶液濃度によって異なりますが,温度による導電率への影響は約 2 %/°Cです。温度が1°C変化すると,ピーク高さやピーク面積が2%変化してしまうということです。クロマトグラムを測定した時の温度が検量線作成時の温度と異なっていれば,さらに大きな定量誤差が発生してしまうということになります。当然,溶出時間も含めて,再現性を確保することもできません。
表2-1 塩化カリウムと塩化ナトリウムの導電率と温度係数
溶液濃度 |
5 wt % |
10 wt % |
15 wt % |
|||
導電率/温度係数 |
mS/cm |
%/°C |
mS/cm |
%/°C |
mS/cm |
%/°C |
塩化カリウム |
69 |
2.01 |
136 |
1.88 |
202 |
1.79 |
塩化ナトリウム |
67 |
2.17 |
121 |
2.14 |
164 |
2.12 |
温度変化はバックグラウンド導電率にも影響し,室温の変化によってベースライン変動 (ドリフトやうねり) が生じます。図2-6に室温変動によるベースラインへの影響を示します。
装置立ち上げ時には機械系だけでなく電気系も含む装置全体が温度的に平衡状態になっていませんので,僅かに上に凸の曲線的ベースラインを示します。また,空調機の電源を入れた直後もこのような曲線を描きます。このようなドリフトは,室温が一定になり,装置が温度的に平衡状態になれば一定の値となります。図2-5に示した測定時間内でのドリフト値を計算すると1時間当たり0.67 µS/cmの変化に相当します。一方,空調機の風が直接当るような場所に装置を設置して採取したベースラインでは,0.05 µS/cm程度のうねりが見られます。塩化物イオン 10 µg/L のピーク高さは0.015 ~ 0.025 µS/cmですので,このようなうねりの上に溶出してしまうと正確な定量を行うことができません。この対策として,空調機の風が当たらない場所にイオンクロマトグラフを移動させるという方法がありますが,イオンクロマトグラフを移設できない場合にはアシストルーバー等を取り付ける等の風を遮断する対策をとってください。
上記の結果からわかるように,イオンクロマトグラフは温度変化の少ないところに設置しなければなりません。特に,空調機の風が直接当たらない所に設置してください。また,カラム恒温槽の使用は必須で,使用する30分から1時間前に装置の電源を入れ,カラム恒温槽をONにしておくとよいと思います。その間に溶離液の調製を行うようにしてください。尚,連続運転の時には,空調機も連続運転にしてください。
今回もまたまた長くなってしまいましたな。年寄りは話が長いのでお許しくださいね。イオンクロマトグラフをちゃんとしたところに設置しておけば環境からの影響を大幅に低減できますんで,設置環境の評価を行って設置場所を見直してください。
次回はノイズに関わる話をさせて頂こうかと思っています。
それでは,また・・・
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