バックグランド電気伝導度の話から始めましょう。バックグランド電気伝導度は溶離液の状態を反映しています。バックグランド電気伝導度を調べることにより,溶離液がいつも通りに正確に調製されているのかを知ることができます。
シーズン4 その参(三)
こんにちはぁ~。お元気ですか?
前回はイオンクロマトグラフの設置場所についてお話をしました。イオンクロマトグラフィの特性を考えると,安定した測定を行うには設置環境が第一の要件です。一方で,µg/L~mg/Lの微量イオンに基づく微小ピークを高精度に定量するには,イオンクロマトグラフの安定性も必須要件です。溶出時間や応答値の繰り返し再現性が良く,安定したベースラインでなければ正確な定量ができません。これらが満たされていることが,クロマトグラフィが成立する大前提なのですが,実際の測定ではこれらに関わるトラブルがしばしば発生します。装置メーカーに問い合わせがくるトラブルの半分強は,クロマトグラムの再現性とベースラインの問題です。精度良い測定を達成するためにはこれらの安定性確保が必須となります。
クロマトグラムの再現性については後日に回すこととしますが,第参話ではベースラインの問題について考えてみましょう。
先ず,バックグランド電気伝導度の話から始めましょう。バックグランド電気伝導度は溶離液の状態を反映しています。バックグランド電気伝導度を調べることにより,溶離液がいつも通りに正確に調製されているのかを知ることができます。
溶離液を調製したら,分離カラムを付ける前に,分離カラム入口側配管と検出器入口側配管とをユニオンで接続して溶離液の電気伝導度を確認してください。主なMetrosep カラムの標準溶離液の電気伝導度は表3-1に示す通りです。次いで,検出器入口側配管を外し,サプレッサ入口側配管とユニオンで接続して電気伝導度を確認してください。この時,サプレッサの再生液/洗浄液も忘れずに送液してください。電気伝導度が表3-1の範囲に入っていれば,サプレッサの状態が正常であることが判ります。また,炭酸サプレッサに対しても同様の試験をすることにより炭酸サプレッサの状態を知ることができます。測定の前に溶離液の電気伝導度確認を必ず行うようにしておけば,調製ミスによる問題に速やかに対処することができます。サプレッサの状態確認に関しては,毎回行うことは大変 (面倒?) でしょうから,週に1回位の確認で良いと思います。
表3-1 主なMetrosep カラムの標準溶離液のバックグランド電気伝導度
Metrosep カラム |
標準溶離液 |
バックグランド電気伝導度 / µS/cm |
||
溶離液 |
MSM |
MSM+MCS |
||
A Supp 4 |
1.8 mM Na2CO3/1.7 mM NaHCO3 |
約 550 |
12~15 |
0.6~1.1 |
A Supp 5 |
3.2 mM Na2CO3/1.0 mM NaHCO3 |
約 660 |
12~15 |
0.6~1.1 |
A Supp 7 |
3.6 mM Na2CO3 |
約 780 |
12~15 |
0.6~1.1 |
A Supp 16 |
7.5 mM Na2CO3/0.75 mM NaOH |
約1350 |
19~22 |
0.8~1.2 |
C 3 |
5 mM HNO3 |
約1400 |
- |
- |
C 4 |
1.7 mM HNO3/0.7 mM Dipicolinic acid |
約 750 |
- |
- |
C 6 |
1.7 mM HNO3/1.7 mM Dipicolinic acid |
約 750 |
- |
- |
C Supp 1 |
5 mM HNO3/50 µg/L Rb+ |
約1600 |
- |
0.2~0.8 |
C Supp 2 |
5 mM HNO3/50 µg/L Rb+ |
約1600 |
- |
0.2~0.8 |
調製した溶離液の電気伝導度がいつもと違っていたら・・・
調製ミスですので,再調製をしてください。溶離液は,溶離液原液 (例えば,1 mol/L Na2CO3や1 mol/L NaHCO3等) をマイクロピペットや全量ピペットで採取し,全量フラスコを用いて採取したての純水で定容して調製します。
複数の溶離液原液を採取・混合して調製する場合には採取ミスや誤差が生じ易いので,事前に1 mol/L溶液を用いて混合原液を調製しておくと良いと思います。この時,希釈倍率が20倍,50倍,100倍等のように切りの良い数値にしておけば,10 mLや20 mL等の全量ピペットでの採取になりますので,採取ミスや誤差の発生を解消することが可能です。また,主なMetrosepカラムについては,Merck (Sigma-Aldrich) から溶離液濃縮液が販売されていますので,これらを使用するのも良いと思います (表3-2)。
表3-2 Merck (Sigma-Aldrich) で販売されている主なMetrosep カラムの溶離液濃縮液
品番 |
溶液組成 |
濃縮倍率 |
対応Metrosepカラム |
69523 |
36 mM Na2CO3/34 mM NaHCO3 |
´20 |
Metrosep A Supp 4 |
62414 |
64 mM Na2CO3/20 mM NaHCO3 |
´20 |
Metrosep A Supp 5 |
72784 |
72 mM Na2CO3 |
´20 |
Metrosep A Supp 7 |
75335 |
100 mM Na2CO3/100 mM NaHCO3 |
´20 |
Metrosep A Supp 10 |
38302 |
150 mM Na2CO3/15 mM NaOH |
´20 |
Metrosep A Supp 16 |
61905 |
34 mM HNO3/14 mM Dipicolinic acid |
´20 |
Metrosep C 4 |
19399 |
17 mM HNO3/17 mM Dipicolinic acid |
´10 |
Metrosep C 6 |
78737 |
100 mM HNO3/1000 µg/L RbNO3 |
´20 |
Metrosep C Supp 1 & 2 |
溶離液の電気伝導度が正常であったにもかかわらず,サプレッサ通過液の電気伝導度が表3-1の値よりも異常に高い場合には,サプレッサのトラブルの可能性があります。原因は,①再生液が流れていない,②サプレッサのイオン交換能力の低下,の2つ考えられます。①の再生液の送液の有無に関しては,排液コレクタの排液チューブから溶離液/再生液/洗浄液が出ているかを確認してください。送液されている場合には再生液の再調製,送液されていない場合にはペリスタリックポンプを確認してください。また,配管の詰まり等も送液不良の原因となりますので,圧力の確認を行ってください。標準システム圧はカラムの試験成績書に記載されています。圧力上昇に関しての対処策についてはお問い合わせをしてください。
②のサプレッサのイオン交換能力の低下はめったに起きることではありませんが,金属イオンや有機物の吸着による性能低下が考えられます。このような恐れがある場合には,サプレッサの洗浄が必要です。洗浄液としては,1 mol/L H2SO4 + 0.1 mol/L シュウ酸あるいは0.2 mol/L H2SO4 + 20% アセトン等を用いますが,詳細はお問い合わせをしてください。尚,サプレッサの3つの部屋すべてを洗浄することをお忘れなく。
炭酸サプレッサの不良の場合には,炭酸吸着カートリッジCWを確認してください。カートリッジの¾が薄紫色に変色している場合には交換してください。また,約1年間使用している場合にも交換をしてください。
ベースライン異常の原因には種々あり,様々なノイズパターンが観察されます。図3-1は,ベースラインノイズの例を示したものです。このようなパターンに見覚えのある方もおられるかと思いますが,それぞれ何が原因かお判りでしょうか?
先ず,a) から行きましょう。
このトラブル原因は “空気” です。高圧ポンプが気泡を吸い込み,送液してしまったのです。気体は圧縮率が高いため,液体用の高圧ポンプでは安定して送ることはできません。しかし,液体中に小さい気泡として存在している場合には送液されてしまうことがあります。実際には気体として送られるのではありません。通常溶離液は脱気されていますので,高圧になっているシリンダー内に気泡が入り込むと溶離液中に溶解してしまいます。従って,高圧下に置かれている分離カラムに負荷がかかることはありません。しかし,検出器セルのところは背圧がかかっておらず,急激に圧力が開放されるため,検出器セルのところで気泡が沸いてしまいます。サイダーやコーラの栓を抜いたときの状態と同じです。その結果,図3-1 a) のようなノイズが検出されてしまうということです。
但し,気泡の量が多い場合には,高圧化であっても速やかに溶離液に溶け込まず,溶離液を正確に送ることができなくなります。しかし,時間がたつにつれ,徐々に溶離液に溶け込んでまた送液できるようになったりします。このような一時的な送液不良が生じると,図3-1 a) に示したようなノイズが検出されなかったとしても,図3-2左のように測定成分の溶出時間が遅くなるというトラブルが発生してしまいます。
このような問題を引き起こさないため,溶離液を取り換えた時は必ず気泡抜きを行ってください。気泡抜きは図3-2右のように,ドレインバルブのところにシリンジを取り付けて吸引してください。ドレインバルブを開いて, 5~10 mLの溶離液を吸引すれば大丈夫です。
上記の気泡抜きは溶離液交換時や送液トラブル発生時に対処すべき操作なのですが,溶離液は事前に脱気して使用するのが基本です。溶離液の脱気方法としては,超音波をかけながらアスピレータで吸引脱気するという方法 (図3-3左) が広く用いられています。しかし,吸引していますので,空気だけでなく揮発性の高い成分も除去されて溶離液の組成が変化してしまう恐れがあります。従って,長時間吸引脱気をするのは好ましくありません。長期間吸引をしていると,硝酸や炭酸ナトリウムでさえも減少してしまいます。特に,有機溶媒を添加している場合には吸引脱気の時間は短時間に抑える必要があります。
このような問題を避けるため,最近ではオンラインデガッサ (図3-3右) が汎用されます。減圧下に置かれたガス透過性チューブの中に溶離液を通して溶離液中のガスを取り除くというものです。オンラインデガッサを用いることで測定中での気泡によるトラブルの発生を解消することができます。但し,オンラインデガッサでは大きな気泡を除くことは困難ですので,事前に2~3分位吸引脱気をした後に使用するのがベストです。また,オンラインデガッサを使用している場合でも,溶離液交換時には前述の気泡抜きを必ず行ってください。
高圧ポンプへの気泡の巻き込みはよくあることなんですが,巻き込みが頻繁に起こるとプランジャーシール (ピストンシール) の摩耗により送液能力・安定性が低下して,さらなるトラブルが発生してしまいます。このような問題を引き起こさないためにも,高圧ポンプの気泡抜き,オンラインデガッサの使用は励行してください。
表2-1 塩化カリウムと塩化ナトリウムの導電率と温度係数
上記の結果からわかるように,イオンクロマトグラフは温度変化の少ないところに設置しなければなりません。特に,空調機の風が直接当たらない所に設置してください。また,カラム恒温槽の使用は必須で,使用する30分から1時間前に装置の電源を入れ,カラム恒温槽をONにしておくとよいと思います。その間に溶離液の調製を行うようにしてください。尚,連続運転の時には,空調機も連続運転にしてください。
溶離液中の気泡による問題,ご理解いただけましたかな?今回はここまでにします。図3-1の解説が済んでないって・・・。これらは次回の話とさせてください。次回までに,図3-1のノイズの原因が何かを良~く考えておいてくださいね。
それでは,また・・・
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