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クロマトグラムのベースラインが大きく変動し,一方向に増加,あるいは減少するような現象をドリフトと呼びます。今回は,このドリフトが発生する原因と,その対処策についてご隠居さんが解説しています。

シーズン4 その伍(五)

 

 

こんにちはぁ~。皆さんお変わりないですか?

さて,前回,前々回とベースラインノイズの話をいたしました。ベースラインが不安定では信頼できる測定ができませんよね。ベースラインノイズが大きいと,検出限界が悪化し,微量成分の定量が困難になります。また,ベースラインが大きく変動し,一方向に増加,あるいは減少するような状態も好ましくはないですよね。このような現象は,ドリフトと呼ばれます。今回は,このドリフトが発生する原因と,その対処策についてお話ししようと思います。

 
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ベースラインのドリフトは,誰もが日常的に見ていると思います。例えば,装置を立ち上げた時,溶離液を交換した時,カラム温度を変更した時です。なかなかベースラインが安定しなくて,若干イライラする人もおられるかもしれません。何らかのアクションをしたのですから,ベースライン変動が起きても何ら不自然ではありません。

図5-1に,装置立ち上げ時のベースライン変動の一例を示します。溶離液は,前日に使用していたものと同じ組成です。

陰イオン分析 (サプレスト式) のほうでは,最初の10分間くらいで大きな変動が見られますが,このような状態で測定をすることはないでしょうから,このようなベースライン変動があってもイライラはしないですね。そして,20 ~ 30分では,ベースライン変動が0.002 µS/cm程度になっています。100 µg/L (ppb) の塩化物イオンのピーク高さ (20 µL注入時) は大体0.1 µS/cmですので,この状態であればsub-mg/L (ppm) の塩化物イオンの定量は容易です。

一方,陽イオン分析 (ノンサプレスト式) のほうでは,陰イオン分析と比較してベースラインの変動幅が大きく,50分を過ぎないと10分間の変動が1 µS/cm以下にはなりません。この結果から,sub-mg/L (ppm) のナトリウムイオンの定量を行うには60分位待たねばならないということになります。尚,サプレスト式陽イオン分析の場合は,ベースライン変動の振れ幅も,安定化するまでの時間も,サプレスト式陰イオン分析の場合とほぼ同じです。この点からも,サプレスト式のほうが高感度分析に適しているといえますが,目的に合わせて,ノンサプレスト式とサプレスト式とを使い分けるのが良いでしょう。

図5-1 装置立ち上げ時のベースライン変動
 
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図5-1のベースラインは,前日と同じ条件で測定したので,溶離液組成は変わっていません。では,何故ベーライン変動が起きたのでしょうか?前日と溶離液が微妙に異なっていたためなのでしょうか?溶離液は再現性良く調製しているはずでしょうから,そんなことはないと思います。カラム内に残存した成分の影響はあるでしょうが,カラム内の液体の容積はせいぜい2 mL位ですので,安定するまでにこれほどの時間がかかるというのは納得いきませんね。

ベースラインが変化しているということは,電気伝導度が変化しているということです。この電気伝導度変化の原因は温度なんです。表5-1に,主なイオンの極限モル伝導率と温度依存性を示します。イオンによって温度依存性は異なっていますが,概ね1°C当り約2%変化するんです。例えば,陰イオン分析におけるサプレッサ通過液の電気伝導度は12 ~ 15 µS/cmですから,1°C変化すると0.25 µS/cm位変化してしまうってことです。バックグランド電気伝導度の高いノンサプレスト式の陽イオン分析では温度の影響がもっと大きく出るということになります。ということで,装置立ち上げ時のベースラインが落ち着くまでの時間には,カラム内溶液の置換時間よりも,カラム温度が一定になるまでの時間が大きく影響しているということです。

表5-1 主なイオンの極限モル伝導率と温度依存性

Cation

l+ 25°C

% / °C

Anion

l 25°C

% / °C

H+

349.65

1.42

OH

198

1.97

Li+

38.66

2.18

F

55.4

2.09

Na+

50.08

2.08

Cl

76.31

1.93

NH4+

73.5

1.87

NO2

71.8

2.55

K+

73.48

1.87

Br

78.1

1.85

½ Mg2+

53.0

2.25

NO3

71.42

1.84

½ Ca2+

59.47

2.17

H2PO4

33

3.37

 

 

 

½ SO42−

80.0

2.55

 
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ドリフトの原因が温度にあるということがお分かりいただけたと思います。ということは,室温変化によってもドリフトが生じてしまうということになります。室内温度の変化によるドリフトに関しては,本シリーズの第貳話にも書いておきましたが,復習も兼ねてもう一度お話いたしましょう。冬場にはよく起きる問題ですんで・・・。

一年中一定温度で室温がコントロールされているという施設は別でしょうが,一般的な実験室環境では冬場や夏場の始業時の温度変化はかなり大きいのではないでしょうか?朝に空調機を入れると,一気に室温が上がり (冷房時は,下がり) ますよね。この温度変化が,ベースラインドリフトの原因です。空調機の起動は人間にとって快適環境を作るためなのでしょうが,急激な温度変化は電気伝導度にとっては大きな問題です。冬場では装置自体も冷え切っていますので,室温と装置が一定温度になるまでの時間は,図5-1に示した時間よりも伸びてしまうこともあります。図5-2左に空調機起動時のベースラインを示しますが,20分間で0.1 ~ 0.15 µS/cmのドリフトを示しています。塩化物イオン1 mg/Lのピーク高さは大体1.0 µS/cm (測定条件により異なる) ですから,0.15 µS/cmのドリフト幅は,0.15 mg/Lのピーク高さに相当します。

図5-2右は,ベースラインが安定する前に測定した各50 µg/L (ppb) の陰イオン標準液のクロマトグラムです。塩化物イオンのピーク高さからは5 µg/L (ppb) が検出できそうですが,定量はどうでしょうかね?ドリフト上に小さなピークが出ているというのは,巨大ピークの裾に小ピークが出ているのと同じで,ピークの始点/終点の判別が難しくなります。つまり,極端なドリフト上の小ピークの定量精度は確保できないということになります。

参考:「ご隠居達のIC四方山話 シーズン-III 第壱話」

図5-2 室温変化を原因とするベースラインドリフトと陰イオンのクロマトグラム

 

通常,空調機起動時を除き,室温の変動はさほど大きくありませんので,室温が原因となるドリフトはさほど大きく出てきません。そのため,mg/L (ppm) レベルの分析では大きな問題となることはほとんどないと思います。しかし,µg/L (ppb) レベルの分析では無視できない場合もあります。従って,イオンクロマトグラフは温度変化の小さい所に設置してください。恒温室のような大げさな設備はいりません。カラム恒温槽を用い,予熱管 (装置ハンドブック参照) を取り付けておけば,一般的な事務室と同様の空調状態でまったく問題ありません。ただし,微量分析を行うときには,前日から空調を入れておく等の対策を行ってくださいね。

 
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空調機に関わる問題はもう一つあります。空調機起動時を除き,室温の変動はゆっくりで,±1°C位の変動幅なので,実測定に大きな影響を与えることはほとんどありません。しかし,空調機の風がイオンクロマトグラフに直接当たっている場合には問題となります。

空調されている部屋の室温は,空調機の能力や部屋の大きさに依存しますが,概ね1 ~ 2時間サイクルでゆっくりと変化しています。しかし,空調機自身は5 ~ 10分間隔でON/OFFを繰り返しています (機種や温調方式によって異なる)。この温度変動を装置が拾ってしまうと,図5-3左のような短周期のうねりが検出されます。周期はピークの幅よりも広いので,うねりをピークとして誤認することはありません。しかし,うねりの上に微小ピークが乗ってしまうと,図5-3右のように正確な定量ができなくなってしまいます。うねりは,ドリフトよりも厄介なんです。

うねりの解消策は,ドリフトと同じ原因ですんで,温度変化の少ない場所に移設するということになります。もし,移設できないということであれば,直撃しないような対策をしてください。昔は,装置全体を段ボールで囲ったりしていましたが,空調機の風の向きを変えて直撃しなくするだけで効果があります。最近は,空調機の吹き出し口に取り付けるアシストルーバーが市販されていますので,取り付けてみてください。図5-3左の上に載せたように,アシストルーバーを取り付けるだけでうねりが解消され,安定したベースラインを得ることができます。

図5-3 ベースラインのうねりとピークの積分
 
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今回は,ベースラインドリフトの問題についてお話いたしました。ドリフトやうねりの原因は温度ですので,恒温槽を使用する,予熱管を付ける,空調機の風の直撃を避けるなどの対策をすれば,一般的な実験室でもµg/L (ppb) レベルの測定が可能です。温度の影響はバックグランド電気伝導度が低くなれば小さくなりますので,微量分析の場合には,炭酸サプレッサを付けてバックグランド電気伝導度を下げるというのも対策の一つです。陽イオン分析の場合は,サプレスト式を採用するということですね。是非ご検討ください。

ドリフトの問題は,装置そのものよりも測定環境が原因であることが多くあります。本シリーズの第貳話にも書きましたが,試料汚染の問題も含めて,イオンクロマトグラフの設置環境には十分配慮するようにしてください。また,時々汚染度合いや温度変化等,設置環境の評価を行ってください。

それでは,また・・・

 

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