前回イオン交換樹脂は特定イオンだけを吸着させることはできません、と書きましたが,条件が整えば特定イオンを除去することが可能です。その方法について、ご隠居さんが解説しています。
シーズン2 その玖(九)
さて,前回 (四方山話シーズン-IIの第捌話) ではイオンクロマトグラフィにおける固相抽出法の利用と疎水性成分の除去について書きましたが,今回も固相抽出絡みの話をしようかと思います。前回 (「第捌話」),イオン交換樹脂では特定イオンだけ吸着させることはできませんと書きましたが,条件が整えば特定イオンを除去することが可能です。今回はそんな話を…
イオンクロマトグラフィの用途の内,水試料中の陰イオンの測定というのが半数位を占めています。主な測定対象イオンは,塩化物イオン,亜硝酸イオン (亜硝酸性窒素),硝酸イオン (硝酸性窒素),硫酸イオンです。これらのイオンの内,塩化物イオンはほとんどすべての試料中に存在し,その濃度も他のイオンに比べて桁違いに高いイオンです。特に,海や河口の水,食品の抽出液等では%オーダーになります。このような試料の場合には,巨大な塩化物イオンの巨大ピークに隠れてしまうため,近接して溶出する亜硝酸イオンの測定は不可能で,塩化物イオンの濃度によっては臭化物イオンや硝酸イオンの測定も困難になってしまうこともあります。
こんな時は,紫外吸収検出器 (UVD) ですよね (ご隠居達の四方山話 シーズンI 第拾話,ご隠居達の四方山話 シーズンII 第壱話参照)。UVDは,亜硝酸イオンや硝酸イオンのように紫外部に吸収を持つイオンの測定に有効だからですね。けど,塩化物イオンだって僅かに吸収を持っているので,近接する亜硝酸イオンを正確に定量するなんてできません。
ここで,Ag+型の陽イオン交換樹脂を充填した固相抽出カートリッジ (Agカラム) の登場です。
塩化物イオン等のハロゲン化物イオンは,銀イオンと結合してハロゲン化銀 (AgX) を生成します。この反応は,Ag+型陽イオン交換樹脂上でも生じます。生成したハロゲン化銀は,陽イオン交換樹脂上にへばり付いて残ってくれます。一方,他のイオンは,陽イオン交換樹脂とは相互作用せずにAgカラムを通過します。ということで,Agカラムの通過液を捕集して測定すれば,塩化物イオン等のハロゲン化物イオンの妨害を受けることなく他のイオンが測定可能ということになります。
Agカラムの操作方法は次の通りです。
まず,AgカラムとH+型陽イオン交換樹脂を充填した2つの固相抽出カートリッジを用意し,それぞれをコンディショニングしてください。次いで,AgカラムとH+型陽イオン交換樹脂を下にして,Agカラムと接続してください。何故2つの固相抽出カートリッジを接続するのかというと,Agカラムからは僅かに銀イオンが溶出してきますので,H+型陽イオン交換樹脂で銀イオンを捕捉させるためです。この接続した固相抽出カートリッジに測定試料をゆっくり通液 (5~10 mL/min) し,最初の1~2 mLは廃棄し,その後の溶出液を回収して測定用試料溶液としてください。この方法で海水を処理した時のクロマトグラムを下に示します。ここでは,海水を20倍希釈した後,Agカラムに通液しました。塩化物イオンは完全に除去できていませんけど,UVDを用いなくても,亜硝酸イオンと硝酸イオンを定量できることが判りますね。ただ,臭化物イオンもなくなってしまうことは忘れずに…
上記と全く同様の方法ですが,Ba2+型陽イオン交換樹脂を充填した固相抽出カートリッジを用いると硫酸イオンを除去することが可能ですよ。これは,硫酸バリウム (BaSO4) が沈殿となることを利用していますんで,原理はAgカラムによるハロゲン化物イオンの除去と一緒ですね。
上記は,巨大特定イオンの妨害を低減させるための方法ですが,pHが大きく異なる試料を測定する場合も同様です。
一般に,陰イオン分析用の溶離液には塩基性 (pHは約10) の炭酸ナトリウム系溶液が用いられています。この溶液は緩衝力を持っていますので,弱酸性~弱アルカリ性の試料が少量注入されても溶出時間が変化することはありません。ですが,試料pHが溶離液よりも明らかにアルカリ性に寄っていると,溶離液中の重炭酸イオン (HCO3–) が炭酸イオン (CO32–) になって溶離力が高くなるため,溶出時間が短くなってしまいます。また,試料中の水酸化物イオン (OH–) も溶離剤として働きます。図3に,アルカリ性試料を注入した時のクロマトグラムを示します。試料pHが13になるとピーク形状が変形し,リン酸イオンと硫酸イオンが重なって溶出してきます。
酸性試料を注入した時も同様の現象が見られます。図4に,硫酸を滴下してpHを酸性に調整した試料を測定した時のクロマトグラムを示します。試料中の硫酸イオンが溶離剤となって溶出が早くなっています。また,リン酸イオンは酸性下で乖離が抑制されるため溶出時間が短くなり,ピーク形状も若干変形してしまいます。
このような試料の場合,酸やアルカリを用いて強制的にpHを合わせる,中和するなんてこともいいんですが,非常に面倒ですし,夾雑成分を増やすってことになっちゃいます。そこで,純水を使って希釈って云うことになるんですが,皆さんご存知のように,pHというのは指数ですよね。2倍に薄めてもpH 1も動かせない。10倍でやっとpH 1なんですよ。測定対象成分の濃度が高い場合には,純水で100倍希釈 (pHが2動く) すればいいんですが,測定対象成分の濃度が低い場合には…
酸性試料の陰イオン測定,あるいはアルカリ性試料の陽イオン測定という場合には,溶離液希釈が効果的です。それぞれ逆のpHの溶離液を加えるんですから,中和方向に移動してくれます。序でに,ご隠居達の四方山話 シーズンII 第漆話に書きましたように,pHや対イオン変化による沈殿生成対策にもなりますしね。けど,この場合でも,測定対象成分の濃度が低い場合には希釈倍率が制限されてしまいますんで,対応できない試料も出てきますね。
固相抽出カートリッジは試料溶液のpH調整にも使用可能です。
陰イオン測定の場合を考えると…。アルカリ性試料の場合には,H+型陽イオン交換樹脂を充填した固相抽出カートリッジに通過させることで,アルカリ金属イオンが水素イオン (H+) に交換されるため,試料pHを下げることが可能ですよ。イオン交換の原理そのものですね。また,酸性試料の場合には,Na+型陽イオン交換樹脂を充填した固相抽出カートリッジに通過させることで,水素イオン (H+) がナトリウムイオン (Na+) に交換されるため,試料pHを上げることが可能ですよ。
陽イオン測定の場合では…。通常試料pHが溶離液よりも低い場合には溶離液希釈で対応しますが,強酸性試料の場合には,OH–型陰イオン交換樹脂を充填した固相抽出カートリッジに通過させることで,水素イオン (H+) が水 (H2O) に交換されるため,試料pHを上げることが可能ですよ。
固相抽出カートリッジって,結構使い道があるでしょ。インターネット等で固相抽出法について調べてみると,HPLCやGCでの使い方くらいしか出てきませんが,一寸した使い方の工夫でイオンクロマトグラフィでも強力な前処理ツールになるんですよ。最近は,希釈や濾過だけで済まない試料もイオンクロマトグラフィの測定対象として対応しなければならなくなってきていますんで,そんな時の対策の一つとして固相抽出法も加えてあげてくださいな。それでは,また…
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※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。
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