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法医学の分野は、より新しく、より信頼性の高い分析技術を取り入れることで、絶えず進化しています。違法薬物に関しては、状況は毎年急速に変化しており、適切なスクリーニング法の要求が高まっています。そのようなスクリーニング法は、今日多くの研究のテーマとなっています。適切な分析プロトコールが開発され、有用な情報が収集され、現場調査が成功し、検査室スタッフ、医療従事者、犯罪現場捜査官の安全性が向上するためには、合法薬物と違法薬物の迅速で信頼性の高い同定が不可欠です。このコラム記事では、オピオイドであるフェンタニルに関することと、メトローム ヤング ケミスト アワード (MYCA) の 2022 年受賞者であるコルビー オット博士 (Dr. Colby Ott) の研究が、ラマン分光電気化学による法医学的識別にどのように役立つかについて説明します。

   *オピオイドとは「中枢神経や末梢神経に存在する特異的受容体(オピオイド受容体)への結合を介してモルヒネに類似した作用を示す物質の総称」

 

フェンタニル:奇跡の薬か、それとも公衆衛生上の脅威か?

フェンタニルは合成オピオイドで、ヘロインの50倍、モルヒネの100倍の強さがあると推定されています[1,2]。そのため、医薬品フェンタニルは進行がんなどの重度の痛みを伴う病気の治療に処方されます。しかし、フェンタニルは米国やその他の国で薬物の過剰摂取や死亡の主な原因となっており、処方された患者は注意深く監視する必要があります。

違法フェンタニルは、液体や粉末など、さまざまな形で存在します。さらに、他の違法薬物(ヘロイン、コカイン、メタンフェタミンなど)と混合され、処方オピオイドや他の薬物に似た錠剤に加工されることもよくあります。フェンタニルが混入された薬物は非常に危険であり、ストリートドラッグの使用時にこのような強力なオピオイドに接触する可能性があることに気付いていない人が多くいます。

わずか2ミリグラムのフェンタニルでも、その人の体格、耐性、過去の使用歴などの要因によっては致死量に達する可能性があります。これほど少量であれば、過剰摂取のリスクは極めて高くなります。米国麻薬取締局(DEA)の分析によると、1錠あたり最大5mgのフェンタニルを含む偽造錠剤が見つかっており、これは致死量の2倍以上になります!

社会におけるフェンタニルの危機:そのデータ

1999年から2022年の間に、米国では110万人以上が薬物の過剰摂取で亡くなっています[3]。現在、フェンタニルなどの合成オピオイドに関連する過剰摂取により、米国では毎日200人以上が亡くなっていると推定されています(2023年9月までの12か月間の数値に基づく)[4]。DEAは2023年に過去最高の数(7,950万個)のフェンタニル混入錠剤と約12,000ポンド(5,400 kg)のフェンタニル粉末を押収しました[5]。2023年にDEAが押収したフェンタニルの量は、3億7,670万人以上の致死量に相当します[5]。法医学検査では、DEAが押収した錠剤のうち70%に致死量のフェンタニルが含まれていることが示されています[5]。

米国では2022年だけで約11万人が薬物の過剰摂取で亡くなっています[6]。これらの死亡のうち約74,000人がフェンタニルやその他の合成オピオイドによるもので(図1)、全体の約70%を占めています(図2)。処方オピオイドやヘロインを含むオピオイドの過剰摂取による死亡率と比較すると(図3)、フェンタニルがいかに危険であるか、そしてなぜ迅速かつ正確なフェンタニルの識別がこれほどまでに必要とされているのかがはっきりと分かります。

図 1. 1999年から2022年までの米国における合成オピオイド過剰摂取による死亡者数(ほとんどがフェンタニル)[7].
図 2. 2022年には、米国における薬物過剰摂取による死亡のほぼ70%がフェンタニルによるものであった[7].
図 3. 1999年から2022年までの米国におけるオピオイド過剰摂取に起因する死亡者数 [7] . 過去10年間で、合成オピオイド(フェンタニルを含む)が公衆衛生にとって大きな脅威となったことは明らかである.

フェンタニル検出法における課題

フェンタニル検査ストリップは、過剰摂取を防ぎ、害を減らすために使用される低コストの検出方法です。さまざまな種類の薬物(コカイン、メタンフェタミン、ヘロインなど)や形態(錠剤、粉末、注射剤など)に含まれるフェンタニルを検出できる小さな紙片で構成されています。

しかし、フェンタニル検査ストリップは通常、結果が出るまでに3~5分を要します。この遅れが生死を分けることもあります。検査が陰性であったとしても、検査ストリップがより強力なフェンタニルに似た化学物質を検出しない可能性があるため、「安全な」薬物を示すとは限りません。さらに、検査ストリップは定性的なものであり、定量的なものではありません。これらの理由から、フェンタニルの迅速、簡便、高感度、選択的な検査法の開発が急務となっています。

ラマン分光電気化学は、電気化学とラマン分光法の両方の利点を組み合わせた分析技術です。さまざまな物質中のフェンタニルを判定する興味深い代替技術でもあります。金属構造の電気化学的活性化により、表面増強ラマン散乱 (SERS) 効果によりラマン強度を増強できます。この現象により感度が向上し、非常に低濃度の分析対象物質を検出することができます。

SERSを利用するメリットについては、関連コラムをご覧ください。

Raman vs SERS… What’s the Difference?

Dr. Colby Ott (center) receiving the Metrohm USA Young Chemist Award in 2022.
コルビー・オット博士(中央)が2022年メトローム USA ヤング ケミスト アワードを受賞

ウェストバージニア大学法医学・捜査科学部の准教授であるルイス・E・アロヨ博士 (Dr. Luis E Arroyo)の指導の下、コルビー・オット博士は、押収された薬物を検査するための新しい方法の開発に研究を集中させ、実験室と現場の両方で迅速かつ確実に検出することを目標としています。

電気化学と表面増強ラマン分光法(EC-SERS)の組み合わせは、フェンタニルとその類似体を検出するための安価で効率的な方法を提供します。米国立司法省研究所National Institute of Justiceの資金提供を受けたオット博士の研究[810]は、SPELEC RAMANを使用して開発されました。SPELEC RAMANは、785 nmレーザー、分光計、ポテンショスタットを統合した分光電気化学装置です。同期された光学的および電気化学的結果を提供する単一のソフトウェアによって制御されます。研究の斬新さと重要性により、オット博士はメトロームUSAから2022年 メトローム USA ヤング ケミスト アワードを受賞しました。

分光電気化学によるフェンタニル薬物の法医学的識別

私たちはコルビー・オット博士にインタビューする機会を得て、この研究に対する彼のアプローチが、臨床現場、ポイントオブケア(POC)分析、およびその他の法医学分析における将来の応用に新たな扉を開く理由について話し合いました。

1. ラマン分光電気化学は、他の従来の薬物検出方法と比較して、どのようなメリットがありますか?

薬物の識別に用いられるほとんどの方法は、GC-MS や LC-MS/MS などの高度な分析機器を利用していますが、これらは高価であり、多くのトレーニングとメンテナンスが必要で、時間がかかります。分析機器による方法以外では、化学的な色調の違いを用いてスクリーニングする方法が一般的ですが、偽陽性や偽陰性の結果が出やすい傾向があります。分光法は一般に高速で、ユーザーにとって低コストであり、構造情報と識別結果が得られます。ラマン分光電気化学は、現場での薬物スクリーニングを改善できる迅速な技術であり、サイズやコストのために高度な分析機器の利用に制限がある農村地域にも普及する可能性があります。

2. フェンタニルの検出におけるラマン分光法への電気化学の寄与は何ですか ?

ラマン分光法の本質的な弱点は、一般に信号強度が他の分光分析技術に比べてはるかに弱いことです。しかし、表面増強ラマン分光法 (SERS) を使用すると、得られる信号ははるかに強くなり、フェンタニルを識別するための強力な手助けとなります。フェンタニルの場合、一般にその効力の結果として他の不純物と混合された微量成分として見つかるため、信号増強が必要です。したがって、電気化学は、許容できる SERS 基質を迅速かつ容易に生成し、必要な信号増強を提供する手段を提供してくれます。

 

3. SERS 基板と比較して、スクリーン印刷電極 (SPE) を使用するメリットは何ですか ?

スクリーン印刷電極(SPE)は、その小ささ、再現性、使いやすさから、多くの電気化学アプリケーションで普及しています。銀SPEは、電極材料自体から銀ナノ粒子をその場で電気化学的に生成するための優れた表面代替物であり、SERS基板を持つ現場での使いやすさが向上します。さらに、SPEの使い捨てが可能である点や高い再現性を有する点は、法医学の現場でもメリットがあります。

 

 

コルビー・オット博士は、フェンタニル検出の研究にSPELEC RAMANとSPEを組み合わせて使用しています.

4. SPELEC RAMANのようなポータブルで完全に統合された装置(ポテンショスタット、レーザー、スペクトロメーターが1つにまとめられているもの)は、あなたの研究の成功にどのように貢献しましたか?

完全に統合されたラマン分光計とポテンショスタットの使いやすさにより、異なるソフトウェアと分析機器を通信させるのではなく、1 つのソフトウェア プラットフォームで簡単に測定と実験ができるようになりました。さらに重要なのは、設置面積が小さいため、測定のために機器を現場へ持ち出して測定ができることです。

5. 光学的および電気化学的にデータをリアルタイムに取得することは、この研究にどの程度重要ですか ?

押収された薬物のスクリーニングにおいて、化学的色調検査はその性能に限界があるとして論文は精査され続けているため、新しいスクリーニング法が法化学界の焦点となっています。現在、多くの分光学的手法は、大量の不純物が存在する場合や低濃度の場合は成分を識別することが困難です。しかし、我々の分光電気化学的アプローチは、低濃度のフェンタニルおよびフェンタニル類似体が、一般的な薬物や希釈化合物が存在する場合でも識別が可能になり、押収された薬物スクリーニングの解決の可能性をもたらしました。

6. あなたの研究が商業的にどのような影響を与える可能性がありますか?

分光電気化学による識別は、最前線での検査に使用され、後の確認作業や意思決定に役立てることができます。さらに、高い携帯性と簡易な検査手法により、現場での検査に適しており、国境検問所、入国港、犯罪現場で役立てることができます。現在、私たちは毒物学的な観点から役立つ可能性のある方法に取り組んでおり、この手頃な価格でシンプルな方法は、農村地域、コンプライアンス検査、薬物スクリーニングで使用されることでしょう。

結論

” 強力な合成オピオイドであるフェンタニルは、重大な過剰摂取のリスクをもたらします。フェンタニルの迅速かつ信頼性の高い識別は、薬物捜査や安全確保のために極めて重要なことです。ラマン分光電気化学は、現在の検出方法と比較して、特に現場において、より迅速で効果的な解決策を提供します。この分野におけるコルビー・オット博士の研究は、ポータブル機器を用いたもので、臨床および法医学への応用が期待され、商業的影響を与える可能性があります。”

[1Opioid Overdose | Drug Overdose | CDC Injury Center. Centers for Disease Control and Prevention. https://www.cdc.gov/drugoverdose/deaths/opioid-overdose.html (accessed 2024-03-13).

[2Fentanyl Facts. Centers for Disease Control and Prevention. https://www.cdc.gov/stopoverdose/fentanyl/index.html (accessed 2024-03-13).

[3Drug Overdoses - Data Details. National Safety Council. https://injuryfacts.nsc.org/home-and-community/safety-topics/drugoverdoses/data-details/ (accessed 2024-03-13).

[4] Ahmad, F. B.; Cisewski, J. A.; Rossen, L. M.; et al. Provisional Drug Overdose Death Counts. Centers for Disease Control and Prevention. https://www.cdc.gov/nchs/nvss/vsrr/drug-overdose-data.htm (accessed 2024-03-13).

[5One Pill Can Kill. United States Drug Enforcement Administration. https://www.dea.gov/onepill (accessed 2024-03-13).

[6] Weiland, N. U.S. Recorded Nearly 110,000 Overdose Deaths in 2022. The New York Times. May 17, 2023.

[7Are fentanyl overdose deaths rising in the US?. USAFacts. https://usafacts.org/articles/are-fentanyl-overdose-deaths-rising-in-the-us/ (accessed 2024-03-13).

[8] Ott, C. E.; Burns, A.; Sisco, E.; et al. Targeted Fentanyl Screening Utilizing Electrochemical Surface-Enhanced Raman Spectroscopy (EC-SERS) Applied to Authentic Seized Drug Casework Samples. Forensic Chemistry 2023, 34, 100492. DOI:10.1016/j.forc.2023.100492

[9] Ott, C. E.; Perez-Estebanez, M.; Hernandez, S.; et al. Forensic Identification of Fentanyl and Its Analogs by Electrochemical-Surface Enhanced Raman Spectroscopy (EC-SERS) for the Screening of Seized Drugs of Abuse. Frontiers in Analytical Science 2022, 2. DOI:10.3389/frans.2022.834820

[10] González-Hernández, J.; Ott, C. E.; Arcos-Martínez, M. J.; et al. Rapid Determination of the ‘Legal Highs’ 4-MMC and 4-MEC by Spectroelectrochemistry: Simultaneous Cyclic Voltammetry and In Situ Surface-Enhanced Raman Spectroscopy. Sensors 2021, 22 (1), 295. DOI:10.3390/s22010295

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作成者
Ibáñez Martínez

Dr. David Ibáñez Martínez

Product Manager Spectroelectrochemistry
Metrohm DropSens, Oviedo, Spain

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