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めっき液のような試料中の金属イオンを、イオンクロマトグラフで測定することは結構大変です。金属塩類のイオン測定における注意点やヒント、金属イオンの除去法などについて、ご隠居さんが解説しています。

シーズン2 その拾壱(十一)

「ご隠居さんおられますか~?」


「おや,泰さんかね。突然,何かな。また,大きなトラブルでも起きましたかな?」


「”また” は酷いですね。これまで,大きなトラブルなんてないですよ!難しい分析は山ほど来ますけどね。今日だって,もう一台って話で長野まで行ってたんですよ。で,ご隠居さんにお土産を…」


「いやぁ~,失礼。おっ!真澄と山葵の醤油漬けですかぁ!いいですねぇ。ありがとうございます。」


「大信州とどっちかって,迷ったんですが,ご隠居さんは辛口のほうが好みだろうと思って…」


「お気遣い,嬉しいね。でっ,本題は何だい?」


「酒で釣ろうって訳じゃないんですが,一寸相談なんですが…」


「土産なんぞを持ってこなくたって,相談くらいいくらでも乗りますよ。」


「実はメッキ液の測定なんです。前のコラムで,インライン中和の続きは金属除去なんて云っていましたよね?メトロームとしてはインライン除去を薦めたいんですが,予算との絡みもあるし,けど固相抽出じゃ手間もかかるし汚染も心配だし…使うほうからみるとどうしたもんですかね?」


「難しい判断だねぇ。試料が沢山あるんならともかく,たまにってんじゃインライン除去もねぇ~。」


「細かな話や測定頻度についてはまだはっきりしないんですが,メッキ液以外にも,金属処理剤やその排水なんかも測るみたいなんです。で,ご隠居さんなりの意見を聞かせて貰おうかな,なんて…」


「判りましたよ。ところで,今日はもういいんだよね?貰いもんだけど,山口・防府の白銀と広島の穴子の佃煮があるんで,真澄をちびちびやりながらでも話をしましょうかね?」

 
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金属イオンの存在はイオンクロマトグラフィにおいて結構厄介ですね。今回のメッキ液に限らず,環境試料中にも金属が高濃度で存在しているなんてこともたまにありますし,金属塩類中のイオンを測りたいなんて要求もありますしね。。

金属イオンを含む試料を測定し続けていると,カラム性能が低下してしまいます。一価二価同時分析用の分離カラムの場合にはイオン交換基に吸着しているだけなんで,洗浄すればちゃんと元に戻ります。また,ジピコリン酸 (DPA,ピリジンカルボン酸) が入っている溶離液を使っていれば,ほとんどの重金属は流れ出ちゃうんで洗浄なんてことはしないでも大丈夫ですよ。

問題は,陰イオン測定の場合なんです!陰イオン測定に用いる溶離液はアルカリ性ですんで,この中に金属イオンが入ると水酸化物ができてしまいます。金属水酸化物の多くは溶解性が低いんで,溶離液と混ざると沈殿してしまいます。両性金属である亜鉛の水酸化物ならばさらにpHを高くすれば再溶解しますが,ほとんどの金属水酸化物は溶離液のようなアルカリ性溶液には溶解しないため分離カラム内に蓄積してしまいます。
一寸,下のクロマトグラムを見てください。これは鉄イオンを含む試料を測定した時のものなんですけど,たった20回でクロマトグラムが変になっちゃうんですよ。濃い目の溶離液を流して洗浄したんですが,性能は戻りませんでした。その後,エチレンジアミン四酢酸 (EDTA) を流してみたんですが,ピーク形状は戻ったんですけど,保持時間が短いままで元通りにはなりませんでしたね。

図1 鉄イオンを含む試料を注入した時のクロマトグラム

さて,試料中の金属イオンの除去法ですが,まずは固相抽出法から…
前々回 (四方山話シーズン-IIの第玖話) は固相抽出法を用いる中和,前回 (四方山話シーズン-IIの第拾話) はインライン中和法による中和の話でしたが,金属除去も全く同じですよ。中和では,アルカリ金属イオンを取り除く,あるいは水酸化物イオンを取り除けばいいんですよね?これらの代わりに金属イオンを取り除きゃいいんですよ。
H+型の陽イオン交換樹脂が充填された固相抽出カートリッジに金属イオンを含む試料を通すと,イオン交換反応によって金属イオンがイオン交換樹脂に捕捉されて,試料中から金属イオンが除去されます。原理は,中和と同じで簡単ですね。この方法だと,水素イオンが押し出されますんで,試料pHは酸性に寄ってしまいますね。酸性にしたくない場合には,Na+型の陽イオン交換樹脂が充填された固相抽出カートリッジを使えばいいんです。お判りになりましたかね。

図2 H+型イオン交換樹脂充填固相抽出カートリッジを用いるアルカリ性試料の中和

 

固相抽出法の操作は簡単なんですが,固相抽出カートリッジからのイオンの溶出や,溶出液を何らかの受器・容器に受けなければなりませんので,試料汚染を引き起こしてしまうという問題がついてきます。また,固相抽出カートリッジ自体の価格も高く,ランニングコスト的な問題もありますね。

 
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ここで,インライン金属除去法の登場です。
前回も示しましたが,サプレッサ内での反応を示します。

溶離液: 2([resin]- H+) + Na2CO3 →  2([resin]- Na+) + H2CO3 (H2O + CO2)

試 料: [resin]- H+ + Na+ Cl- →  [resin]- Na+ + H+ Cl-

金属イオンを含む試料の場合だと以下のようになります。ここで,“M+“ は金属イオンです。二価の金属イオン (M2+) の場合には,”HCl“ が2分子できる反応になります。この式でお判りのように,サプレッサの利用で,試料の中和と同様に,金属イオンの除去も可能ってことになりますね。

試 料: [resin]- H+ + M+ Cl- → [resin]- M+ + H+ Cl-

ただ,ここに一寸した工夫が必要になります。サプレッサの内部には,図2右に示したような強陽イオン交換樹脂が充填されていますんで,金属イオンをしっかりと捕捉してくれます。しかし,連続測定を行うには陽イオン交換樹脂の再生が必要になります。通常,サプレッサの再生には硫酸を用いますが,金属を捕捉した強陽イオン交換樹脂を硫酸で再生することはできません。
そこで,強陽イオン交換樹脂から金属イオンを確実に洗い出すために,金属イオンと錯形成するようなものを洗浄液に使用しなければなりません。エチレンジアミン四酢酸 (EDTA) 等のキレート剤を用いることも可能なんですが,コスト的な問題もあるんで,メトロームさんではシュウ酸,酒石酸,クエン酸等の多塩基酸を用いています。この洗浄液がこの方法の味噌ですな。
インライン金属除去システムの構成を下図に示します。前回 (四方山話シーズン-IIの第拾話) のインライン中和法システムと基本的に同じです。金属イオン含有試料をループに溜め,試料注入バルブを切り替えて,ぺリスタリックポンプで送液される純水でサプレッサ (この場合は,金属除去デバイスといいましょう) に送って金属を吸着除去します。金属除去デバイスからの溶出液を濃縮カラムに入れて濃縮し,濃縮バルブが接続されたバルブを切り替えれば測定できます。ただ,金属吸着量はサプレッサに充填されている陽イオン交換樹脂の量 (正確には,総イオン交換容量) に依存しますんで,試料中の金属イオン濃度に合わせて試料注入量を検討する必要があります。
 
 
図3 インライン金属除去システムの構成
 
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インライン金属除去システムで測定した金属イオン含有試料の測定例をお見せしましょう。
下のクロマトグラムは混合陰イオン標準液 (試料注入量: 20 µL) をインライン金属除去システムで測定したものです。硫酸銅を添加したため硫酸イオンは測定できませんが,銅添加量が400 ppmであっても良好なピーク形状で陰イオンの測定ができています。再現性評価の結果を表1に示します。リン酸イオンは2%以下ですが,その他のイオンは1%以下と良好な結果です。
 
図4 硫酸銅添加混合陰イオン標準液の測定

表1 銅添加溶液中陰イオンの再現性 (RSD [%], n = 5)

Cu2+ 添加量

F

Cl

NO2

Br

NO3

PO4

  0 ppm

0.335

0.124

0.548

0.295

0.181

1.003

 50 ppm

0.230

0.159

0.605

0.365

0.168

1.260

100 ppm

0.439

0.121

0.197

0.236

0.274

1.377

200 ppm

0.212

0.159

0.670

0.992

0.138

1.418

400 ppm

0.204

0.167

0.691

0.347

0.192

1.909

800 ppm

0.695

0.126

0.281

0.587

0.197

1.882

 

上のクロマトグラムを見る限り銅イオンの影響がないように見えます。実際に繰り返し測定した時でも,ピークの変形や保持時間の減少等の影響は見れませんでしたが,銅イオンが完全に除去されていなければ長期間の測定でカラム性能の低下が生じてしまいます。そこで,金属イオンの800 ppm溶液 (試料注入量: 20 µL) を金属除去デバイスに通し,その通過液を回収してボルタンメトリーで測定してみました。尚,ボルタンメトリーにはメトロームさんの797 VA Computrace (下写真) を用いました。金属除去率の結果を表2に示します。どうですか?金属除去デバイスでの金属除去率は100%です。これならメッキ液や金属処理剤等の中の陰イオンの測定ができますよね。

表2 金属除去デバイスにおける金属除去率

金属

Cu

Ni

Zn

Fe

添加濃度

800

800

800

800

処理後濃度

0.0279

0.0001

0.0375

0.0252

金属除去率 [%]

99.997

99.999

99.995

99.996

メトローム ボルタンメトリーアナリシス 797VA
 
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次はインライン除去システムを用いた実試料の測定例をお見せします。
下記は銅含有ソフトエッチング液の測定例です。試料中に硫酸イオンが存在しているため硫酸イオンを測定することはできませんが,試料原液中の0.5 ppmの塩化物イオンを精度良く測定できています。また,小さなピークですが,硝酸イオンとリン酸イオンも見えています。下図には,添加回収試験の時のクロマトグラムも重ね書きしてありますが,添加回収率は95%以上と良好な結果でした。尚,炭酸ベイカントも検出されていますが,これは炭酸サプレッサ MCS を付けておくことで,低減可能であることを確認しています。
 
図5 銅含有ソフトエッチング液の測定
図6 海水中のモリブデン酸 (左) と河川水中のグリホサート (右) の測定例
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どうでしたか?インライン金属除去中和システムの有用性がお判りになりましたか?このシステムはメッキ液をはじめとする金属含有試料中の陰イオンの測定に利用できます。また,金属塩類中の陰イオン測定にも利用可能で,JIS試薬塩化コバルト (JIS K 8129),硫酸銅 (JIS K8983),硫酸マグネシウム (JIS K 8995) の陰イオンの試験方法として採用されています。
で,今回の話の結論ですが…測定頻度が少ない場合には,固相抽出カートリッジでの前処理が適正ということですね。ただ,固相抽出カートリッジを十分に洗浄して評価しておく等の汚染対策はしっかりやってくださいね。一方で,測定試料が沢山ある,高い測定精度が要求される等の場合には,インライン金属除去システムを導入するべきです。初期投資は大きいですが,毎回固相抽出カートリッジで前処理をすることを考えると,十分に回収できるんじゃないですかね?
今回はこんなところでよろしいですかな?真澄も空になってしまったんで…それでは,また…

 


関連コラム

ご隠居達の四方山話 シーズンII 第捌話「固相抽出法と疎水性成分を含む試料の前処理」


ご隠居達の四方山話 シーズンII 第玖話「巨大夾雑イオンに基づく妨害の低減」


ご隠居達の四方山話 シーズンII 第拾話「強アルカリ試料の測定-インライン中和 (続)」

 

 

参考論文:
山崎真樹子,山本喬久,小林泰之,中島 康夫。「インライン金属除去デバイス―サプレスト方式イオンクロマトグラフ結合システムによる金属塩中の微量塩化物イオンの定量」,分析化学,第63巻 (2014) 8号,p. 665670.DOI: https://doi.org/10.2116/bunsekikagaku.63.665

 

※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。

 

 

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