イオンクロマトグラフィでインライン中和システムを利用すると直接注入では到底測定不可能な高アルカリ溶液中の塩化物イオンをpH変動に基づく妨害を全く受けることなく自動前処理して定量できます。
シーズン2 その拾(十)
「ごめんくださいよ~!泰さんはおられますかな?」
「おや,ご隠居さん。お久しぶりです。先日は突然のメールですみませんでした。アドバイスありがとうございました。腰が痛いなんて書いてありましたが,大丈夫ですか?」
「腰ですか~。相変わらずですな。最近はメールなんぞで事が済むんで,便利っちゃ便利なんだけど,毎日パソコンと睨めっこじゃ体もおかしくなりますよ。肩は凝るし,目は疲れるし…」
「で,気分転換にお散歩って訳ですか?」
「馬鹿云いなさんな。ちょいと芝まで仕事に出たんで,序でにコラムのネタ拾いに来たんですよ!」
「いつもいつもありがとうございます。あのぉ~。前回,固相抽出の話を書いてくれたのはいいんですけど,正直言って,固相抽出カートリッジは高いですよね。たった一回の注入でカラムが壊れるって云うならともかく,試料の中和だけに使うんじゃぁ…」
「確かに泰さんの仰る通りですな!中和方法は他にもありますもんね。けど,酸やアルカリを使って手作業でやると夾雑成分を増やすことになるし,汚染も問題になりますよ。」
「今,メトロームの売りは “インライン前処理” なんですよ。インラインなら汚染はないし,自動化できるし,手間も省けますよ!ろ過や希釈,ダイアリシス,中和の他,マトリックス除去なんかができますし,組合せも自由自在ですよ。」
「ズバリの話になったねぇ。実はねぇ,今日はインライン前処理の装置とデータを幾つか見せて貰いに来たんですよ。」
「そうなんですかぁ。じゃ,次のコラムはインライン前処理なんですね?」
「インライン前処理は前に何回か書きましたけど,このシリーズは前処理が眼目ですんで,もう一回書いてもいいんじゃないかって思ってね。前回のコラムの続きでインライン中和について書き始めたんだけど,随分前に一度見たきりなんで一寸装置の再確認に来たんですよ。確か,中和も金属除去も基本的に同じ装置でできるんですよね。」
「ありがとうございます。何度書いてもらってもいいですよ。ゆっくり見て,仕上げてください。あっ,そうそう。今日は早く終わりそうなんで,帰りに軽く行きませんか?」
「いいですねぇ。ご褒美があると気が出ます。それじゃ,さっさとやっつけちゃいましょう。」
前回 (四方山話シーズン-IIの第玖話) は,固相抽出法を用いるハロゲン化物の除去と中和について書きましたが,前置きにも書きました通り,今回はインライン中和法についての話です。インライン前処理に関しては,四方山話シーズン-Iの第貳拾玖話 (インライン中和),第参捨壱話 (ダイアリシス) にも書いてありますんで,前回のコラム (第玖話) と併せて読み直してください。
さて,前回の固相抽出法による中和の話の復習です。簡単にまとめると…
陰イオン分析の場合,溶離液よりもpHの高い試料を注入すると,溶出時間が早くなってしまうだけじゃなく,ピークの変形も生じてしまいます。
そこで,H+型の陽イオン交換樹脂が充填された固相抽出カートリッジを通すと,イオン交換反応によってアルカリ金属イオンやアルカリ土類金属イオンが取り除かれて中和できるっていうことでしたね。理屈は簡単,下の図の通りですね。水酸化ナトリウムのナトリウムイオンがイオン交換されて,水に変換されるって云う訳です。この方法だと,pH調整用の酸を添加することが無いんで,陰イオンのどれかが測定できなくなっちゃうなんてことはありませんし,汚染も少なくできるって云う利点もあります。
図2 H+型イオン交換樹脂充填固相抽出カートリッジを用いるアルカリ性試料の中和
この反応って何かに似ていませんか?そう,サプレッサ内での反応ですよ!
溶離液: 2([resin]- H+) + Na2CO3 → 2([resin]- Na+) + H2CO3 (H2O + CO2)
試 料: [resin]- H+ + Na+ Cl- → [resin]- Na+ + H+ Cl-
もうお判りですかな?サプレッサを利用するとアルカリ性試料の中和ができるってことです。
メトロームさんのサプレッサは3つの充填室が順次回転しますので,一つを中和に使用している間に使い終わったものを再生すれば,インライン化できるってだけでなく,自動で連続して中和することができるってことになります。当然,夾雑成分も増えませんし,汚染も発生しません。
インライン中和システムの構成を下図に示します。アルカリ性試料をループに溜め,試料注入バルブを切り替えて,ぺリスタリックポンプで送液される純水でサプレッサ (この場合は中和デバイス) に送って中和します。中和デバイスからの溶出液を濃縮カラムに入れて濃縮し,濃縮バルブが接続されたバルブを切り替えれば測定することができます。ただ,アルカリ性試料中には炭酸イオンがかなり溶け込んでいますんで,炭酸ディップによる妨害を解消するために,炭酸サプレッサ MCM を付けておくと良いと思います。
インライン中和システムで測定したアルカリ性試料の測定例をお見せしましょう。
左は1 mol/Lの炭酸ナトリウム溶液で調製した陰イオン混合標準液,右は1 mol/Lの水酸化ナトリウム溶液で調製した陰イオン混合標準液を測定した時のクロマトグラムです。こんな試料は直接注入できないことはご存知だと思います。実際に直接注入したクロマトグラム (黒線) を見てください。炭酸ナトリウム溶液のほうは幾つかピークが見れますが,溶出時間もピーク高さもズレてますし,水酸化ナトリウム溶液のほうは全くなんだかわかりませんね。
上にも書きましたが,アルカリ性試料の直接測定を行う場合,溶出時間の変動や,時にはピーク面積の変化が生じてしまいます。そこで,高度に希釈 (数百倍~千倍希釈) して測定するんですが,定量下限が問題になりますね。また,酸を加えてpH調整なんてこともできますが,陰イオンが増加するんで測定対象陰イオンのどれかの成分が測れなくなりますし,添加量が高い場合には分離への妨害も生じてしまいます。さらに,検量線試料も測定試料のpHに合わせる必要があります。実試料では,試料毎にpHが異なっているなんてよくありますんで,そのたびに検量線作成なんてやってられませんね。そこで,pHバランスをとった検量線を作成し,試料pHを合わせ込んで測定するなんてこともやりますが,これもあまりに煩雑ですし,pH調整による夾雑成分の増加や操作中での汚染も嫌ですし…
こんな時こそインライン中和なんです。もう一度図を見て下さい。どうですか?インライン中和処理 (緑線) したほうは,まるで純水で調製した試料と同じようなクロマトグラムが得られていますね。定量性が向上するって云うだけでなく,このインライン中和システムを用いと,純水で調製した検量線試料で正確な定量をすることが可能です。試料調製も含め,かなり楽になりますね。
最後に実試料の測定例をお見せしますかね。
下図は,40%の水酸化カリウム水溶液中の塩化物イオンを測定した時のクロマトグラムです。試料元液中の数ppmの塩化物イオンを精度良く測定できることがお判りいただけましたかな。インライン中和システムを用いると,直接注入では到底測定不可能な高アルカリ溶液中の塩化物イオンを,pH変動に基づく妨害を全く受けることなく定量することが可能です。
下図は,海水中のモリブデン酸と河川水中のグリホサートを測定した時のクロマトグラムです。左のモリブデン酸の測定では,海水中のモリブデン酸をキレート樹脂充填固相抽出カートリッジで固相抽出し,0.1 Mの水酸化ナトリウムで溶出したものをインライン中和システムで測定したものです。右は,都市型河川中のグリホサート (GLYP) をジルコニア充填固相抽出カートリッジで固相抽出し,0.4 Mの水酸化ナトリウムで溶出したものをインライン中和システムで測定したものです。共に固相抽出カートリッジからの溶出液は,アルカリ性が強いため直接注入で測定することはできません。また,これらの成分の試料元液中の存在濃度はppbレベルですので,固相抽出カートリッジからの溶出液を希釈してしまっては,正確に定量することはできません。これらの測定は,選択的固相抽出剤とインライン中和システムとの組み合わせにより達成できるアプリケーションなんです。
どうでしたか?インライン中和システム。結構魅力のある方法でしょ?このシステムはアルカリ性溶液の測定だけじゃなく,固体などからの抽出試料の測定にも有効です。一般に,固体試料中の陰イオンを効率良く抽出するにはアルカリ性溶液を用います。抽出液をアルカリにすることによりイオン化が促進されて抽出効率が向上すると共に,抽出した陰イオンが固定化されます。こんな試料の測定には,インライン中和システムです。
何とか終わりましたね。装置やデータを見ながらだと,頭がすっきりしてきて,筆 (パソコンだからタイピングかな?) も進みますな。次回は,金属除去でも書きましょうかね。
おっ!いいタイミングだね!泰さんも終わりましたか!さぁ,行きましょう。今日は何処かな?
それでは,また…
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※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。
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