イオンクロマトグラフで有機溶媒中の陰イオン分析をするには分析前の予備実験が欠かせませんが、けっこう大変ですよね。今回は少しでも予備実験を楽にするコツをご隠居さんが解説しています。
シーズン2 その伍(五)
おっ,来ましたね!さっきから鳴ってたからね。パラパラ云ってるから,霰が混じってそうですな。
結構凄くなってきたね。「ゲリラ豪雨」って奴ですね。おぉ~,光ってる!
「ごめんくださぁ~い!」
「はいはい。おや,Metrohmの泰さんじゃないですかぁ~!やられましたね。ほれ,手拭…」
「ありがとうございます。直ぐそこまで来ていたんで,一っ走りです。大して濡れませんでしたよ!」
「そうですかぁ~。大して濡れなくてよかった。まぁ,おあがりョ!」
「それじゃ,お邪魔します。立川に行った帰りなんですが,急に調べなきゃならないことを思い出しまして,”Wikipedia” ならぬ ”爺ペディア (Jiji-pedia)” にご指導を…」
「ついでですかぁ…まぁ,いいでしょう。で,ご指導って何だい?」
「有機溶媒中の陰イオンの測定なんですが…」
「有機溶媒中の?そりゃシーズン-Iのその拾捌に書いた油の分析と同じですよ。ありゃ,結構丁寧に書いておいたつもりだけど?水抽出で,しっかり予備実験しておけば大丈夫ですよ!」
「確かにその通りなんですけど…毎回予備実験も大変なんでぇ…前処理をするしない,直接打てるかどうかっていうような目安っていうか,考え方っていうのがあるのかななんて…」
「おやまぁ,手抜きの相談ですかぁ…まぁ,いいでしょう。正直,目安ってのは無いんだよ。経験的なもんなんだが,私なりの筋書ってのはありますけどね。そんなんで良きゃ話しますけど…」
「是非お願いしますょ!」
ということで,ちょっと基本に戻って「前処理」ってのを見直してみましょう。
まず,前処理の目的ですが…
測定対象となるイオンの濃度がppmレベルなんで安心していたら,共存成分の濃度が%オーダーだったので直接測定はできなかった,なんてことは多々あります。共存成分濃度が高く,測定対象成分と共存成分との濃度差が大きい場合には,共存成分の妨害によって信頼性のある結果を得ることできずに大きな誤差を生じてしまう恐れがあります。
前処理操作には種々の操作があります。下記に一般的な前処理の単位操作を示します。
トルエンやクロロホルム,ヘキサンは水に溶けませんから,直接注入できないことはお判りですよね?これらの溶媒の場合は,シーズン-Iのその拾捌に書いた通り,水抽出ですね。抽出操作後,層分離した水層を取って分析すればよい。ただ,これらの溶媒だって少しは水に溶けるんですね。トルエン,クロロホルム,ヘキサンの溶解度は,それぞれ,526 mg/L,7.950 mg/L,9.5 mg/Lです。つまり,抽出した水の中には僅かですが有機溶媒が含まれているんです。これらの溶媒は,カラムの充填剤に吸着して,一次的に性能が低下してしまうことがあります。そのため,抽出した水は,固相抽出カートリッジを通して,残存している有機溶媒を除去した後に分析してくださいね。
一方,メタノール,エタノール,そしてアセトニトリルは水に溶けますよね?ということは直接注入して良いということになりますが…。実際の分析では注入量は20~50 µLですので,直接注入しても大した問題は発生しないんですが,シーズン-Iのその玖に書いた通り,カラム充填剤はポリマーですので有機溶媒によって膨潤します。高価なカラムへの負荷を少なくするために,純水や溶離液で希釈して注入するのが良いでしょう。また,ガードカラムを付けたり,アセトンやアセトニトリル等の有機溶媒を溶離液に添加するなんていう対応が良いですね。極微量のイオンを測定したい時には,濃縮カラム法を使うことだって可能ですよ。
ここまでの話ですと,水に溶ければ直接注入あるいは希釈して注入すればよいということになってしまうんですが,必ずしもそう安直に判断するわけにはいきません。
下の表に身近な有機溶媒の溶解度とLog Powを示しました。Log Powというのはオクタノールと水との間での分配係数で,オクタノール/水分配係数と呼ばれています。Log Powは,化学物質の規制に関わる法律等でも参考とされる数値で,安全性データシート (SDS) にも明記することが好ましいとされてる物性値です。
表1 主な有機溶媒の溶解度とオクタノール/水分配係数 (Log Pow)
この表を見て何か気が付きませんか?
そう,完全混和するものはLog Powがすべて負 “–” ですね。もう一つ…。希釈で測定できるものはLog Powが負 “–”,抽出しなければいけないものはLog Powが正 “+” で,それも “1” 以上です。このことから,希釈で対応するのか,抽出にするのかは,Log Powで判別できます。
さて,“?” が問題ですね。“?” の内,Log Powが正 “+” のものは,THFを除き,ある程度水に溶解します。高度に希釈すればカラムへの注入も可能で,通常の注入量ではカラム性能が低下することはありません。しかし,標準的な陰イオンの溶出範囲に不定形のピークが溶出したり,極端なベースライン変動が生じてしまいます。従って,MEK,酢酸メチル,酢酸エチルは,水あるいは溶離液で希釈後,疎水性樹脂を充填した固相抽出カートリッジを通した後,カラムに注入しなければなりません。
残りの “?” ですが…。実は,これらの溶媒は曲者です。これらは,水と完全混和ですし,Log Powが負 “–” (THFは0.46) ですので,希釈すれば注入して良いということになってしまいますが…。これらの溶媒は高分子を溶かしてしまうくらいの強い溶媒で,カラム充填剤の基材樹脂と強い親和性を示します。これらを直接注入すると,基材樹脂が膨潤して,充填状態が変化し,性能劣化を引き起こしてしまいます。また,不定形ピークの溶出や極端なベースライン変動も生じます。従って,これらの溶媒中のイオンを測定する場合には,水あるいは溶離液で0.1%以下まで希釈した後,疎水性樹脂を充填した固相抽出カートリッジを通した後,カラムに注入しなければなりません。
希釈後,固相抽出なんて前処理操作をすると,試料汚染が心配になりますね。前処理工程は,可能な限り少なくするべきです。Metrohmさんには,MIPCT-ME (濃縮/マトリクス除去) システム (図1) ってのがありますね。これを用いれば,上のような問題を解消することができますね。希釈した試料をオートサンプラに並べておけば,固相抽出操作をせずに,マトリックス除去カラムでカラムに吸着する成分を除去できますね。水溶性有機溶媒中のイオンの分析には持って来いのシステムですよ!
マトリックス除去システムで測定した酢酸エチル中の陰イオン測定の例を示しましょう。
図2は,酢酸エチルを純水で100倍希釈して,直接20 µL注入した時のクロマトグラムです。何種かの陰イオンが含まれているはずなのですが,これでは測定不能です。UVDを付ければ臭化物,亜硝酸や硝酸を検出できるかもしれませんが,酢酸エチルは比較的強いUV吸収を持ちますので,不定形ピークが酢酸エチルに基づくものだとすると,UVDの使用は適切じゃありません。
もう一件,マトリックス除去システムでの測定例をお見せしましょう。図4は燃料中の有機酸の測定例なのですが,試料をマトリックス除去カラムに移行させる純水にアセトンを10%添加して,マトリックス除去をやっています。10 ppm及び3 ppmの酢酸とギ酸が検出されています。
上に書きましたように,有機溶媒系試料を直接注入することができるか,どんな前処理が必要か,というのは,Log Powで何とか判断することができます。この方法は自己流なんですが,試料に含まれている有機溶媒のLog Powとその特性を調べれば何とかなるってことです。えっ!Log Powはどこで調べられるのかって?そんなもん何処にでも転がっていますョ!けど,インターネットに載っている値は出所が判らないものもありますね。私は心配性なので,信頼できるところのデータじゃないと不安になります。それに,溶解度やLog Po/w以外にも,他の物性値も調べたいので,下記のデータベースを利用していますョ!お暇なときにでも覗きに行ってみてください。
ChemIDplus Advanced (NIH) https://chem.nlm.nih.gov/chemidplus/
ChemSpider (Royal Society of Chemistry) http://www.chemspider.com/
Chemistry WebBook (NIST) http://webbook.nist.gov/chemistry/
WebKis-Plus (国立環境研究所) http://w-chemdb.nies.go.jp/
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※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。
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